恍惚の人 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1982年5月27日発売)
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今年の6月5日にオープンした有吉佐和子記念館(和歌山県和歌山市)に先日訪れた。建物は氏の東京都杉並区にあった邸宅を故郷和歌山市に移したもので書斎も見学できる。しかし…あろうことか著書を一冊も読まずに来てしまい、帰宅後多くの方からオススメの作品を教えていただいた。「大変失礼致しました…」と氏に謝意を表しながら、その内の一冊から読むことにしたのである。

ある雪の日、仕事帰りの昭子は離れで暮らす舅 茂造が、コートも着ずにあてもなく雪道を歩く現場に出くわす。この茂造の様子がどうもおかしく、タイトルの通り恍惚としていた…
これは言わずと知れた認知症だが、1970年代を生きる登場人物らを見ていると、老化によって発生する自然現象とでも認識しているように思えた。実際「認知症」という名前は2004年に銘打たれたものらしい。
単なる「耄碌(もうろく)」と見られていた認知症をただならぬ病だと捉えた著者の見識たるや……作品が長く受け入れられているのも非常に納得した。

発症前から昭子をいびり倒していた茂造を彼女が主体となって世話しなきゃいけないのがまず不憫でならなかった。息子 敏を除く家族・ご近所・老人向けレクリエーション施設や福祉事務所の職員とヘルプを求める範囲が広がっても、結局は「家族が見てあげるのが一番」と振り出しに戻(され)る。
自分の近親者に該当する者はおらず、何がお互いのためになるのか今でも分からずにいるが、ワンオペがアウトなのは想像に難くない。

本書に出てくるような、健康体で頭脳明晰な高齢の方をどこでも見かける一方で『認知症世界の歩き方』といった関連本が今でもよく売れている。手に入れたのが不老長寿の長寿だけだったとしたら…?
昭子や夫の信利が、茂造の衰えを通して自分達の将来像に不安を抱くのも無理はない。人生100年時代の現在、50年も前の作品を前にしていると言うのに、やっぱり著者の見識たるや…(以下略)

昭子があの境地に至ったのは驚いたが、気難しかった茂造をあそこまで生まれ変わらせたのだと思えば、彼女の苦労も偲ばれる。

「ママ、エキスパートになったね」

たった一人でエキスパートになっても、全てが終われば今まで通りの、自分らしい人生がちゃんと返ってくるのだろうか?
涙ぐむ昭子に視線を注がずにはいられなかった。



度重なる感染拡大によって、またもや気軽に会えないご時世が続くなか、ブクログ以外でオススメ本を教えてもらえたのが今回何よりも幸せでした。勿論ブクログでもこうした交流を継続させていきたいです。今後とも宜しくお願いします! 

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年7月15日
読了日 : 2022年7月15日
本棚登録日 : 2022年7月15日

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