伊達騒動、加賀騒動と並んで「3大御家騒動」といわれる黒田騒動を扱った歴史時代劇。駄作のない葉室麟だけあってややこしい人間関係や背景を巧みにさばき、さらに和歌や聞香といった味付もさすがです。解説でも指摘されているように、本書では「丹下左膳」「大菩薩峠」「宮本武蔵」「名人伝」のオマージュの趣向も見せ、二度楽しめます。
そして時代劇ならではときめきフレーズも盛りだくさん。
例えば、一度惨敗した後、武蔵の二天流を相伝し、再戦した宿敵相手の腕を切り落とした直後に、同じ相手と戦って勝てるかと聞かれ「まずは五分ではありますまいか」というシーンや、藩主に不忠を疑われ蟄居させられて男手のなくなった家を女だけで留守を守る状況で「殿方は攻める戦いをしますが、おなごは守る戦いをいたすものです。女子は身を守り、家を守り、何よりも心を守らねばなりません。心を守り抜けば、負けることも失うこともありません」、また花の美しさは何処にあるのか?と聞かれ「色ですか?」「いいえ、生き抜こうとする健気さにあるのです」といったやりとりや「強さとは?」ときかれ「必ず勝つことでしょうか」「いや、負けぬということだ。勝っても己を見失えば、それは己の心に負けたことになる」などの言葉も深くて美しい。
著者:1951年、北九州市小倉生まれ。西南学院大学卒業後、地方紙記者などを経て、2005年、「乾山晩愁」で歴史文学賞を受賞しデビュー。07年『銀漢の賦』で松本清張賞を受賞し絶賛を浴びる。09年『いのちなりけり』と『秋月記』で、10年『花や散るらん』で、11年『恋しぐれ』で、それぞれ直木賞候補となり、12年『蜩ノ記』で直木賞を受賞。著書は他に『実朝の首』『橘花抄』『川あかり』『散り椿』『さわらびの譜』『風花帖』『峠しぐれ』『春雷』『蒼天見ゆ』『天翔ける』『晴嵐の坂』など。2017年12月、惜しまれつつ逝去。
- 感想投稿日 : 2021年9月1日
- 読了日 : 2021年8月31日
- 本棚登録日 : 2021年8月31日
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