警察庁長官を撃った男

著者 :
  • 新潮社 (2010年3月1日発売)
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国松元警察庁長官狙撃事件は時効を迎えたが「オウム信者による犯行」という警察・マスコミ発表情報とは異なり、実は一人の老いた地下活動家による犯行であると云うまさに世にも奇妙な物語だ。

そんな驚愕の物語が単行本として出たのが2010年なのだが何故か見逃していたとは迂闊だったのも確かだが、此れだけの情報を盛込んだ本書が殆ど話題にならなかったのもまた不思議な話である。

そもそもこの老人・中村泰は1930年生まれで東大を中退した後、反政府地下活動に入ったとされるがその生活の殆どは闇の中だ。僅かに世の中との接点を持つ期間と言えば1956年からの20年間警官殺害容疑で逮捕・服役していた時期だけでてそこからの30年は再び世の中からは消え去る。警視庁長官狙撃事件はその間の出来事だ。

その中村が改めて世に出てきたのは2002年。銀行襲撃事件で逮捕され今に至るも服役している期間だ。この事件も単なる老人による襲撃事件と思われたのだが、逮捕後の家宅捜査では想像を絶する量の武器・弾薬が隠れ家から発見され、また謎の支援者・協力者の存在も伺える中村は完全黙秘を続け、その奇妙な活動実態は謎のままとされた。

その老活動家・中村が口を開く決意を固めるのは国松長官襲撃事件が時効を迎えようとする間際のこと。チェ・ゲバラに憧れ「革命家」を夢見た中村が、年老いてしまった自らの生きてきた証として、国松長官事件について語りだすのだ。

しかしながら、最後までオウムの犯行説に固執する警察は当初の捜査方針にそぐわないこの自白を採用せず、訴追を断念することとなる。そして時効の日には「証拠はないがオウム関係者の犯行と強く推認される」と最後まで組織防衛の論理で締めくくるのである。

数十年に亘る地下活動生活からある日ひょこりと現実の生活に出てきた感のあるこの男の物語を読むと、ジャングルに戦後30年も潜伏していた小野田さんを何故か思い出す。だが、この老活動家は国松長官事件以外には全く自らの生活を語ってはおらず、その闇は限りなく深い。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション
感想投稿日 : 2012年7月21日
読了日 : 2012年7月21日
本棚登録日 : 2012年7月8日

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