トリツカレ男 (新潮文庫)

  • 新潮社 (2006年3月28日発売)
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本棚登録 : 6320
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何かに夢中になるとそのことばかりにとりつかれてしまう「トリツカレ男」、ジュゼッペ。オペラ、三段跳び、探偵ごっこ。あらゆるものにとりつかれるジュゼッペが突然とりつかれたのは公園で風船を売る異国の少女、ペチカだった。
相棒のハツカネズミの奮闘により、ペチカとの仲を深めていくジュゼッペだが、ペチカはジュゼッペの知らない大きな哀しみを抱えていたのだった。

やわらかい言葉で紡がれたとても優しい物語だが、根底に流れる孤独や喪失の哀しみが奥行きを与えている。泥水を攪拌した後の透き通った上澄みのような印象を与える物語だ。

ジュゼッペの家族については一切語られないが、人と同じように生きられない彼は、これまでの人生の中で孤独を感じることが多かったのではないかと想像できる。ジュゼッペの相棒であるハツカネズミも家族に捨てられた身だ。そんな二人(一人と一匹)が、異国の地で必死に生きるペチカの心の哀しみに気づき、力になろうと奮闘するのは、同じ哀しみを経験している者ならではの優しさである。

一見子供向けのおとぎ話のようだが、根底に流れる哀しみとそれを経た優しさは、さまざまな経験を重ねた大人であればなおいっそう深く感じることができるのではないだろうか。そして皆が幸せになる物語のラストは、優しい者たちに対する著者からの贈り物ではないかと思う。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本の児童文学・SF・ファンタジー
感想投稿日 : 2020年10月3日
読了日 : 2020年9月22日
本棚登録日 : 2020年9月21日

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