明治29年、急速に近代化が推し進められた帝都東亰(トウケイ)で、闇夜に現れ人を切り裂く『闇御前』、近ごろ流行りの露台で火だるまになって人を突き落とす『火炎魔人』、子供の失踪と人魂売り、辻斬りなど物騒な事件が話題となっていた。
その謎を追う新聞記者の平河新太郎と、大道芸人を取り仕切る万造は、これらの事件が華族鷹司家のお家騒動と関連しているのではないかと思うようになる。
平河は旧会津藩士の家に生まれた。父は藩から冷遇されたにもかかわらず、政府との戦いに喜んで出かけて命を落とし、貧困の中で弟妹は亡くなった。残った母の再婚により居場所をなくした彼は、娯楽新聞の記者として気ままに暮らし、都市計画により整備され瓦斯灯が煌々と輝く近代化された東亰を歓迎している。
幕府は滅び、新しい時代が始まった。それなのにどうしてこのような不可思議で恐ろしい事件が起きているのか。平河は現実的な解決を求めようとするが、その真相は恐ろしい闇をはらんだものであった。
以前読んだ畠中恵さんの『明治妖モダン』でも描かれていたテーマであるが、江戸の価値観を引きずりながら強引に近代化した明治期の日本には相当なひずみが生じていたのだろう。
美しく整備された街の中でどれほど近代的な生活を送っていたとしても、人の心はそれほど簡単に割り切れるものではないし、圧倒的な負の感情に対するといとも簡単に飲み込まれてしまう。
本書は、事件の謎を解くミステリの体裁をとりながらも、価値観の混在した時代に理屈では測り切れない人の心の複雑さを描き出す。さらに、本書には全編を通して事件を俯瞰する語り部役の人形と人形遣いが登場する。彼らの正体が明かされたとき、人間のおろかさ、小ささを思い知らされることになる。
真相が明らかになった後の東亰は、現代にも通じる首都の脆弱さを象徴しているようで、皮肉が効いている。
- 感想投稿日 : 2022年10月16日
- 読了日 : 2022年6月29日
- 本棚登録日 : 2022年10月16日
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