図書館の神様 (ちくま文庫 せ 11-1)

著者 :
  • 筑摩書房 (2009年7月8日発売)
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若さとは、未熟で残酷だ。
清は幼いころからの体の不調を「清く正しく」生きることで乗り越えてきた。大好きなバレーに一生懸命取り組み、他人に対しても自分と同じくらい一生懸命取り組むよう求めた。
自殺してしまった山本さんがミスを繰り返し、試合に負けてしまった時、清が彼女に何を言ったのか、清自身は覚えていない。それほど清にとっては当たり前のことだったのだろう。
山本さんは他に何か思い悩んでいたことがあったのかもしれない。最終的に山本さんが死を選んだ理由は、もう誰も知ることはできない。ただ、清の思い描いた未来は、山本さんの死によってくずれさった。

同じく未熟だった高校生の自分を思い出してしまう。
あの頃、自分の狭い世界が正義だと思い、自分以外の人が違う考えを持っていることを想像できていなかった。だからこそ、清の心の傷を想像し、胸が痛む。

半ば成りゆきで国語の講師として赴任した清は、意に反して文芸部顧問に指名される。部員は3年生の垣内君ただ一人。淡々と本を読む垣内君だが、彼も中学の部活動で清と同じような経験をしていたことがそれとなくほのめかされる。

この話は垣内君と清の交流が中心となっているが、その他に重要な人物として出てくるのが清の不倫相手、浅見さんと、清の弟の拓実だ。
浅見さんは清と同様自分の正義にまっすぐで、相手の気持ちを慮ることができない。一方の拓実は、いいかげんなところもあるが、人の気持ちに寄り添うことができる優しい人間だ。

「僕は相手の内面を読み取る能力が低い」という垣内君。彼は文学に触れることで人の気持ちを想像しようとする。社会人バスケチームに参加し、様々な年齢、立場の人とも交流を持つ。
清は、浅見さんや拓実の言動を通じて、今では自分が山本さんの気持ちを理解できていなかったことをわかっているが、前に進むことができずもがいている。
浅見さんは過去の清、垣内君はこれから進むべき清を表しているように思える。

卒業一週間前の文芸部発表会で、垣内君は堂々とプレゼンする。
「毎日、文学は僕の五感を刺激しまくった。」なんてかっこいい言葉だろう。
私もこの本を読みながら、五感をフル回転し、登場人物の気持ちを一生懸命想像した。
清も文芸部での一年を経て、きっと前に進んでいける。それを想像させるラストに思わず涙がにじんだ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本の現代小説
感想投稿日 : 2021年1月10日
読了日 : 2021年1月10日
本棚登録日 : 2020年12月31日

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