半席 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2018年9月28日発売)
3.62
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本棚登録 : 243
感想 : 32
5

☆4.5

御家人から旗本への出世を目指し、徒目付の仕事に真面目に取り組んでいる片岡直人は、徒目付組頭の内藤雅之に外部からの頼まれ御用を度々任されてしまう。
出世に関わりない仕事であるのに、その面白さとやりがいに、自らの狭い視界を広げさせてゆく。
六編収録の連作短編集。
事件が起きても、犯人の自白とその処罰が決まってしまえば、それ以上の捜査は行われない。
しかし人情としては「何故」がわからなければ先に進めない人もいる。徒目付組頭の内藤はその「何故」を頼まれ御用として片岡に託す。
この内藤がとても魅力的な人間で、片岡と共にこちらも絆されてしまう。
そして「何故」を追うたびに、その事件の奥にある人の心、人の思いに切実さを感じる。
自らもまた別のものの見方や心の奥深さを知り、この御用のやりがいの沼に落ちてゆく片岡の姿に、笑いつつ武士としての正しさは何だろうと思う。
読後感の爽やかさまで含めてとても好きな作品。

「半席」
片岡直人は組頭の内藤雅之に、矢野作左衛門が筏の上で鱮釣りをしていて足を滑らせ水死した事件を調べ直してほしい、と頼まれた。
勘定方への出世の足がかりになるとも言われ引き受ける。
作左衛門は八十九歳でありながら家督も譲らず元気であり、息子の信二郎との釣りを趣味としていた。
水死した時も直前まで信二郎もその場にいたという。
作左衛門は筏の上をひどく焦って走っていたとの目撃者の証言もあり、片岡は再度話を聞くためその目撃者の元を訪れた……

「真桑瓜」
八十歳以上で御役目につき働く者たちの集いの会「白傘会」で起きた事件の調べを任された片岡。
ずっと和気藹々と開かれていた宴席で、最後の水菓子が出された後それは起きた。
山脇藤九郎が岩谷庄右衛門に脇差で斬り掛かったのだ。
二人は長い付き合いで、会の中でも仲の良さで知られていた。
庄右衛門の傷は浅くはないが深くもなく、穏便にすませたいと言うものの、当の藤九郎が何故斬り掛かったかを黙して語らないため、そのままでもいられなくなっている。
片岡はその動機を探るため、事件のあった会に参加していた者に話を聞きに行く……

「六代目中村庄蔵」
小伝馬町牢屋敷に入牢している一季奉公の茂平は、主殺しをしてしまい鋸挽の刑に処されることになっている。
茂平が主を突き飛ばし、倒れた時の打ち所が悪く亡くなってしまったという事故に近いものではあったが、主殺しには違いなく、茂平はすでに処刑を待つ身である。
茂平は奉公先の高山家では重宝されており、一年毎に雇い直され二十年以上勤め上げていた。
どんなことも真摯に勤め、忠義に厚かったはずの茂平がなぜそんなことをしたのか。
牢内での安全も無く調べが急がれる中、片岡は茂平に会うべく牢屋敷へと向かう……

「蓼を喰う」
御目見以下から御役目を勤め上げ旗本にまでなり、御役目柄、後のことにも不安がない生活のはずの古坂信右衛門は、何故か突然辻番所組合の仲間に斬り掛かった。
しかもその相手は調べてみると、近所ではあるが関わりを特には持ったことのない池沢征次郎だった。
信右衛門の屋敷の塀沿いに立っていた征次郎に言葉もなく歩み寄り、いきなり抜刀したらしい。
信右衛門は征次郎とわかって斬り掛かったとは答えるが、その理由を問われても黙して答えなかった。
片岡はこの理由についての思考の手がかりを求める……

「見抜く者」
徒目付の仕事の一つに人物調べがある。
重職を得る場に立つまでの関門を通るたびに、この人物調べは行われる。
そのため徒目付は、関門を突破できなかった者の恨みを買うことがある。
危険の伴う役職でもあるのだ。
この時も番入りを終え、その恨みが膨れ上がる時期が来ようとしていた。
片岡の上司に、加番に在職しながら道場主を務める芳賀源一郎がいる。
元々道場内でも屈指の腕前を誇り、高弟一同から道場主に推挙されたほど。
世にその腕を知られた芳賀が襲撃にあった。
しかも芳賀でさえ手こずるほどの強さを持つ襲撃者であったという。
しかし七十四と高齢で、その動機がつかめない……

「役替え」
片岡は仕事での移動中、路上の真ん中で中間が仲間の一人を囲みいたぶっているのを目撃する。
それを止めはしたが関わっていることはできないためそのまま立ち去ろうとしたところ、いたぶられていた男に覚えがあると気付いた。
その男に自らの住処とそこを訪れるようにと伝えたが……

アベレージ高い短編集。
一番好きだったのは「六代目中村庄蔵」かな。
あぁ、とやるせない息を吐いた。
あと、作中出てくる食べ物が軒並み美味しそうで、すごく美味しい魚料理と少しの酒を嗜みたくなった。
スズキの洗いの魅力に負けそう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 国内ミステリ
感想投稿日 : 2024年2月11日
読了日 : 2024年2月11日
本棚登録日 : 2024年2月11日

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