放浪記 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1979年10月2日発売)
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放浪記といえば、森光子さんのでんぐり返しが思い出されるが、原作を読むのは初めてだった。 大正11年から5年間、日記をもとに昭和5年に刊行された放浪記「第一部・第二部」と、敗戦後に発表された「第三部」を収めてある。

これはおもしろい。言葉の運びがとても斬新で読みやすい!
第一部(放浪記以前)
「私は宿命的に放浪者である。」で始まり、「今の私の父は養父である。実直過ぎるほどの小心さと、アブノーマルな山ッ気とで、人生の半分は苦労で埋れていた人だ。母の連れ子の私は、この父と木賃宿ばかりの生活だった。」と続く。
見知らぬ土地を転々としながらの行商生活。芙美子が見聞きした事柄が生々しく伝わってくる。
「烈々とした空の下には、掘りかえした土が口を開けて、雷のように遠くではトロッコの流れる音が聞こえている。昼食時になると、蟻の塔のように材木を組みわたした暗い坑道口から、泡のように湧いて出る坑夫達を待って、幼い私はあっちこっち扇子を売りに歩いた。」

第一部・二部
下女、女中、カフェの女給と、次々に仕事を変えて、困窮すれば友人宅に食べに行き、生活に疲れたら借りた金で旅に出る。
「不運な職業にばかりあさりつく私だが、これ以上落ちたくはない。何くそという気持ちで生きている。」
"芙美子は強し" だが身内には甘く、惚れて捨てられた男への未練は断ちがたい。貧困にあえぐ女性の暗い話なのに、人間味があり滑稽にも思えてつい笑ってしまう。意地っ張りな芙美子を応援したくなった。

芙美子の書いた詩が良い。
特に『朱帆は海へ出た』と『黍畑(きびばたけ)』は好みの詩。
〈注解〉を見ると、日本の作家の本に限らず、外国のものも数多く読んでいたことに驚く。読むこと、書くことは彼女の生きる支え。しかし作家となり食べていくには大変な時代であったこともわかった。

第三部は発禁を恐れて発表されなかった部分を後にまとめたものだと〈解説〉で知り、当時の検閲の凄まじさを思った。
吹き荒ぶ嵐の中で生きた芙美子。
彼女に関わった人にもそれぞれの人生があったことを考えると胸にグッときた。
次は尾道にいた少女の頃の暮らしが書かれた『風琴と魚の町』を読んでみたい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年8月11日
読了日 : 2023年8月11日
本棚登録日 : 2023年8月11日

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