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  • 集英社 (2008年11月26日発売)
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5

東京からはるか南にある勾玉の形をした小さな美浜島で暮らす信之(15)。
両親と妹と一緒に暮らし、来年には高校生になるごく普通の少年。
同い年の美花とのセックスを覚えて、毎日そのことばかりを考えている本当に平凡な中学生だった。

ある夜、家を抜け出して美花と待ち合わせした高台の神社に行った信之。
幼なじみの輔はなぜか信之になついていて、信之についてきていて。
その時、海底地震による大津波によって三人の目の前で夜の海が大きくうねり、島の全てを飲み込んでいく。

家も家族も何もかも波にさらわれ、叩き潰されたそのあとに残されたのは信之たちと数人の大人だけ。
そして美花が「助けて・・・」とつぶやき、信之は殺人を犯す。

15年後。
市役所に勤め、妻と幼い娘椿(5)とともに平凡な人生を歩んでいた信之の前に突然輔が現れて・・・

こういうストーリーのときって大抵喪失と再生の組み合わせっていう構成になってるもんなんですが、これはちょっと違った。

理不尽な暴力はある日突然人々を襲い、絶望のどん底や死の淵へとさらっていく。
そのことを理解していた信之は、娘の身に理不尽で悪意に満ちた暴力がふるわれても全く動揺はなく、娘は単に自分と同じようにかろうじて生き延びてここにいるんだという淡々とした気持ちがあるだけ。
娘に起きた出来事にどう対処したらいいのかわからなくて感情が昂ぶって信之につめよる妻の南海子に、
「椿を襲った犯人を探し出して殺してやろうか?」と軽く口にする信之。
平凡に生きてきた妻の南海子は、犯人さえわかれば本当に行動に移すようなそぶりの夫に初めて「これは誰?夫は一体何者?」恐怖心を味わい、あんまり夫の過去に
こだわらず結婚した自分に激しく後悔して怯える。

そんな風に人としての心を喪ったまま、かろうじて人の形をとりながら生きている信之にとって特別な存在の人が一人だけいる。
女優として成功している美花とは接触もせずに見守るだけの存在だったけど、彼女を脅かす存在を知ったとき、信之はためらいもなくその存在を始末しようとします。

美花も津波とそして殺人という出来事のせいで自分が人としてではなく、人のフリをして生きていると感じている。
その彼女にとっても信之の暴力に対するためらいのなさは怖いし、でも汚いことを信之に任せて自分の地位を守ろうとしているってことも自覚はしてる。
彼女は悪女じゃないらしく、人間のフリをしようとして頑張ってる。
でも、女優として仕事に没頭もしきれずに中途半端な地位にいるように描かれている。
幸せを欲しがるフリをするんだけどその意味がよくわからないようです。

信之は夢も希望も持ってない人物として描かれてる。
明日が、もしくは将来が揺るぎないものだと思っている南海子のことを奇異な目でみるほど(笑)
一体何の根拠があってそんな風に思うのか理解できない。
明日に何の希望も期待もしてない信之なので、そういう場合絶望的な気分になるんじゃないかと思ったけど、
『人としてのカタチをとるのは一時だけのことで、(中略)いつかはなにもかもが塵になる』(本文より)
って淡々としてて。

ラストのほうでは平凡な南海子が信之の殺人を知ったときに、そのことがこれからの自分の人生に心躍るスパイスになったと感じたところでは思わず笑ってしまった。
バレたら絶対世間体を気にしてパニくるくせに、それが平凡な人生の刺激になるってどうなんだと(笑)

あと、灯台守りの老人の手紙に不意をつかれて泣いてしまいました。
つたない文章が真摯な気持ちを伝えていて・・・

『供よう供ようの日々でした。
 船から花のたねをかって港にも美浜にもまきました。
 でも毎ばんひとだまが見えます。さようなら』(本文より)

喪ったまま虚ろなまま生きていく・・・生き残ったことに特別な感慨はなく、人としてのカタチをとっている自分にもいつか自分にも大きな暴力が帰ってくることを覚悟しながら生きていく・・・そのことにどうしてか心揺さぶられてしまった。

文庫本になったときに加筆修正されちゃかなわんと思って単行本を買った。
(加筆修正されるかどうかもわからないのに・・・)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2014年5月4日
読了日 : 2009年3月15日
本棚登録日 : 2014年5月4日

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