最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常

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  • 新潮社 (2016年9月16日発売)
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芸事(音楽・美術・表現その他を広く含んで)やってる人ってこうよね…分かる分かると頷きながら一気に読んだ。日本のように、実学優先主義で、これはこのように使える勉強です。お金になるよ、ってのでないと、「それで、それは何に使うの?」「それ勉強して何になるの?」しか言われない国だと、変人で括られて終わりだと思う。だがしかし、二宮さんの語り口は温かい。ご本人は一橋の経済卒、まあ手堅い人をいっぱい見てきて、藝大を見て…どっちも悪いものではないとご存知だからだろう。

この大学で扱うことは、芸術を享受する側のひとに響かねば、どんなに良いものでも価値は発生しない。つまりあなたなり私が、ある作品やあるパフォーマンスを見ても、今日は「よくわからない」と首を傾げて素通りするかもしれない。しかし半年後に、全く同じものに触れたら、琴線に触れるかもしれない。読み直した本に感銘を受けたり、ふと目にした作品や音楽に感動したり…受け手の中で、心が動くきっかけが育って初めて、輝きがわかるものがある。そういうものだ。だから、「いついつこれに役立つ」と内容証明されていなくても、敷地内に転がる作品群が、無意識に学生諸氏の感覚を磨いているように、芸術って、一般の人がふと触れてみたくなった時、質の高い、美しいものが、無造作に楽しめないといけないのだ。

誰だって、一曲の音楽に、コミックの感動に…彫刻の迫力に…映画や舞台に感動して、悩みから解き放たれたり、人生のあるきかたが変わった事があると思う。そういう、私達の隣りにある、非日常を創造してくれるのが、藝大の人々や色んな芸事に携わる、多くの人々。そう考えたら、彼らだけを奇人変人扱いは、ちょっと可愛そうかなと思う。私達と何が違うかって言えば、「やってる対象に、ぎゅっと人生を掴まれて、やらずにいられない」人だと言うだけのこと。数字や都合や常識でだけ割り切れない、飛び込むのは選ばれなければならない場所だけれど、そういう場所が世の中にあっても、私は良いんじゃないかと思う。突飛なことをしているように見える(ブラジャーウーマンのあたり)学生さんも、素顔は明晰で、決してイッちゃってる人ではない。危ないと言うなら、学外で事件を起こす人のほうがよほど怖い。単に、驚くべき行動の下の、思考がちゃんと理解できれば、彼らも私やあなたと同じ社会のひとりであると、ご理解頂けると思う。

藝祭に行くも良いし、学生主催のコンサートや、大学附属の美術館やアートセンターに行くのもいい。無駄なものとか遠いものとか言っていないで、少しそこで生み出されるものに触れて、あなたが興味を持ったり、笑顔になったり…自分なりに挑戦して楽しんだら、それでいい。興味が湧かない?うん。別にいいのではなかろうか。あなたはまた別のことにご興味があるのかもしれない。それはそれで、素敵なことだ。

何にせよ、藝大の扱う領域を目指したい人、どんなところなんだろうと興味がある方、ただ気になって読んだ…。どなたにも楽しめる聞き書きルポである。秋だし、お手に取られてはいかが?

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年10月31日
読了日 : 2020年10月31日
本棚登録日 : 2020年9月27日

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