出だしにお決まりの夢が長々と続いてこれはハズレの方引いちゃったかなと(「夜霧にむせぶ~」の渡瀬恒彦や「幸福の青い鳥」の長渕剛みたいな鳴り物入りのゲストが出てると危ないんだもの。沢田研二も好き勝手暴れ回るんだろうなと身構えちゃうよそりゃ。事実、最初のミュージカル風なマフィア寸劇はひどかったし)あまり期待せずに観たが、意外や意外シリーズ屈指の秀作だった。
まず、マドンナ役の田中裕子が良い。マドンナの多くが目鼻立ちの整った正統派の美人である中で、のっぺりとした顔の田中が放つ色気は「妖艶」という言葉にふさわしい異質さで観る者を惹き付ける。言ってみれば、変化球を振らされたような感じ。
今作の魅力はなんと言っても「追い抜かれる」ことにあるように思う。恋愛指南をした沢田が田中裕子と結ばれることは「追い抜かれる」ことでも何でもない。問題はその後である。無事につきあいを始めた田中が深刻な顔をして寅次郎に相談を持ち掛ける。「寅さん、私あのままあの人と一緒でいいのかしら。だってあの人すぐに話途切れちゃうし、一緒にいてもなんだか楽しくないの。それにほら、私も結婚を考えなきゃならない歳でしょう」。それを聞いた寅次郎は「男ってのは好きだからこそ何も言えずに黙り込んでしまって、そんな自分にまた腹が立って泣きたくなるんだ。そこんとこを分かってあげてくんな」と言って聞かせる。それでも納得しない田中にこう聞く。「それじゃお前はあいつのことが嫌いなのか?」「好きよ。好きだからこそ悩んでるんじゃない」「お互いがお互いを好きだったらそれで何の問題もないじゃねえか、なあ、さくら」。さくらの返答が寅次郎に重い一撃を与える。「違うのよ、結婚ってそんな簡単じゃないの。お兄ちゃんには分かりっこないわ」。「恋」に掛けちゃあ人よりちょっとばかり経験があって、自慢げに恋愛講釈なぞ垂れていたのに、今やその受講生は寅の与り知らないような「恋の一歩先にある」問題で悩んでいる。置き去りにしているつもりが、いつの間にか自分の方が置き去りにされていると知ったときの切なさはいかほどか。「とらや」を去る寅次郎の「らしくない」言葉に弱り切った胸の内が痛いほど表れている。「さくら」「なに?」「やっぱり二枚目はいいなあ。ちょっぴり焼けるぜ」。
追記:沢田研二と田中裕子はこの作品での共演をきっかけに不倫愛→結婚へと走ったようだ。むむむ。
- 感想投稿日 : 2018年10月10日
- 読了日 : 2011年3月27日
- 本棚登録日 : 2018年10月9日
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