一九世紀の読者にとって外洋を冒険することは、現代人の感覚でいう宇宙に行くような夢物語だったのだなと改めて思う。
上巻の感想でも同じことを書いた気がするが。
南極の棚氷に閉じ込められて、酸素がだんだん汚れて息苦しくなっていくときの展開は鬼気迫る。
ジュール・ベルヌの筆はネッド・ランドやコンセイユを死なせることはないだろうという安心感はあるものの、死んでもおかしくない迫力の筆致だ。
ネモ船長がエイブラハム・リンカーン号かその友軍と思われる戦艦に衝角をぶつけて撃沈してしまうところは、ああついにやってしまったのか思った。
無益な殺しはしないはずのキャラクターでやってきたネモ船長だが、直前の沈没船パートで人間社会への恨みがトリガーとして急にあらわれ、そこから一気に闇落ち。
ノーチラス号は多数の乗組員で動かされている描写はあるものの、ネモ船長以外の乗員の存在感はほとんどなく、数さえはっきりしない。
アロナクス達は幅七十メートル程度の潜水艦に十ヶ月も閉じ込められていながら、クルー達と夕食を囲んで談笑することも、通路で出会って立ち話することすらない。
これは終始、不気味な印象を抱かせる。
彼らはかつて海戦で沈められた船の乗組員であることが示唆されるが、さながら浮かばれない沈没船の亡霊のようでもある。
アロナクスがネモ船長を最後に目撃したシーンも、まるで幽霊のような歩き方をしていたとあるが、もしかするとノーチラス号は巨大な亡霊だったのか、それともアロナクスたちの夢だったのか。
フェロー諸島近辺のメイルストローム(大渦)に巻き込まれてしまったノーチラス号は海の藻屑となったのか、それとも無事だったのだろうか?
この直前に読んだ中国のSF小説「三体」では、主人公の程心たちがボートでこの海域の渦にあえて自ら巻き込まれ、ブラックホール理論(曲率ドライブ推進のほうだっけな?)を検証する場面があり、この「海底二万里」のラストシーンについて言及されていた。
その後は読者の想像に任せるよう記述されているが、「三体」でのメイルストロームの描写はすさまじくインパクトがあったので、ノーチラス号はバラバラにされたんだろうな。
「ふしぎの海のナディア」のノーチラス号ならなんてことはなさそうだが。
そしてそんなすごい大渦からアロナクス達がどうしてボートで脱出できたのかは全く触れられていない。
行く先々の海域で出会う魚介類や海藻に関する解説が膨大に出てくる。
その量が多すぎて、正直斜め読みで飛ばしたところもあった。
(あとがきにはこういう解説に興味がない読者のため、注釈が邪魔にならないように巻末にまとめてあるので、疲れたならむりに付き合うこと無く遠慮なく読み飛ばすと良い。)
- 感想投稿日 : 2023年3月25日
- 読了日 : 2023年3月25日
- 本棚登録日 : 2023年2月24日
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