世界史の中のパレスチナ問題 (講談社現代新書)

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  • 講談社 (2013年1月18日発売)
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著者の臼杵陽氏は、東京外語大アラビア語学科卒の、在ヨルダン日本大使館専門調査員、エルサレム・ヘブライ大学トルーマン平和研究所客員研究員などの経験を持つ、現代中東政治・中東地域研究を専門とする政治学者。
本書は、過去一世紀に亘り、中東問題、更には世界政治問題の中心の一つであり続け(ここ数年でこそ、中東の焦点はISに当たってはいるものの)、かつ、未だに解決の糸口さえ見いだせない「パレスチナ問題」を、世界史という長期的・広域的な観点から位置付け、問題の根源がどこにあり、それがどのように展開し、現状はどうなっているのかを詳細に考察したものである。
内容は、大きく3部に分かれ、第1部では、3つの宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)の相互関係から始まり、十字軍、東方問題まで、第2部では、帝国主義時代から第一次世界大戦後の英仏支配、第二次世界大戦後の米ソ冷戦期におけるアラブ・イスラエル紛争のうち第三次中東戦争に至るまで、第3部では、パレスチナ・イスラエル紛争への変質(アラブ・イスラエル紛争のパレスチナ化)から、湾岸戦争後のアメリカ単独一極支配とそのアメリカの覇権の終焉、アラブ革命の勃発までを扱っている。
私は、本年1月にエルサレムとパレスチナを1週間ほど一人旅をするにあたり、知識を深めるために本書を購入した(旅にも持参した)のだが、新書ながら400頁を超える中身は非常に濃く、大変役に立った。特に、前近代における「ユダヤ教徒という信徒集団」が、近代に入って社会進化論・人種論あるいは優生学などの疑似科学的な議論の広まりの中で「ユダヤ人という人種」とみなされるようになっていったこと、第1次中東戦争の裏側には、イスラエルとトランスヨルダン(現ヨルダン)とそれ以外のアラブ諸国の三者にそれぞれの思惑があり、全体としては事前の秘密合意に従った軍事作戦を展開していたことなどの詳しい記述は、大いに興味を惹くものだった。
著者は最後に、「私自身、かつてパレスチナ問題を語ることは人類の解放を語ることにつながるのだという確信をもち、差別や抑圧のない社会を作るための一助になりたいという理想に燃えていたことがありました。・・・このような新書を著すことによって問題の所在を明らかにして解決の方向性を見出そうと試みたのですが、いっそう深い森に迷い込んだ感じで、むしろ将来的な展望が見出せなくなってしまったというのが本音といったところです」と記しているのだが、実際に現地を歩いてみると、宗教と民族とナショナリティが多次元的に複雑に絡み合っていることを実感し、自分としても著者と同様に混乱の度合いが深まったような気がする一方で、エルサレムやベツレヘムやラーマッラーでは、少なくとも表面上は穏やかで平和な時が流れているということも強く印象に残ったのである。
宗教・歴史・政治あらゆる面からの現代世界の縮図ともいえる「パレスチナ問題」を深く理解し、更に世界の将来を考えるために有用な一冊と思う。
(2017年1月了)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2017年3月12日
読了日 : -
本棚登録日 : 2017年1月14日

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