本書は、米国の生物学者レイチェル・カーソン(1907~64年)が1962年に発表し、DDTをはじめとする農薬などの危険性を、鳥たちが鳴かなくなった「沈黙の春」という象徴的出来事を通して訴えた作品『Silent Spring』の全訳である。日本語訳は、1964年に『生と死の妙薬―自然均衡の破壊者<科学薬品>』という題名で出版され、1974年に原題をそのまま訳した『沈黙の春』として文庫化された。
世界で初めて環境問題に目を向けさせたその思想は、人類の歴史を変えたものと言われ、カーソン女史は、米国誌「TIMES」が1999年に発表した「20世紀に最も影響力のあった偉大な知性」20組24人に、ライト兄弟、アインシュタイン、フロイト、天文学者ハッブル、DNAの二重らせんモデルのワトソンとクリックらとともに選ばれている。
また、本書は、米国の歴史家R.B.ダウンズが1978年に発表した「世界を変えた本」27冊に、『聖書』、ダーウィンの『進化論』、マルクスの『資本論』などとともに取り上げられている。
本書によって農薬の残留性や生物濃縮がもたらす生態系への影響が公にされ、それにより、米国はじめ各国において農薬の基準値が設けられるなど、環境保護運動が世界中に及ぶことになったが、本書発表から半世紀の間にも、人間の文明は進歩し(それ自体は良いことのはずなのだが)、そのために、生態系の破壊に限らず、地球温暖化や(バイオテクノロジーによる)生命への挑戦など、当時は想像すらしなかった新たな問題を生んでいる。
60年前に発表された本書の内容自体は、今となっては広く知られたことであるし、また、一部には後に疑問符が付けられた部分もあるのだが、今我々が本書から学ぶべきは、一部の人間しか疑問を持たなかったことに正面から取り組み、それを明らかにし、その問題を世に問うたカーソン女史の姿勢なのだと思う。
- 感想投稿日 : 2021年5月11日
- 読了日 : 2021年5月11日
- 本棚登録日 : 2021年5月9日
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