こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち (文春文庫 わ)

著者 :
  • 文藝春秋 (2013年7月10日発売)
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著者の渡辺一史(1968年~)は、札幌市在住のノンフィクション作家。本作品は処女作で、講談社ノンフィクション賞(2003年)、大宅壮一ノンフィクション賞(2004年)をダブル受賞している。2013年文庫化。
本書は、札幌で自立生活を送る進行性重度身体障害者・鹿野靖明氏と、鹿野氏が42歳で亡くなるまでに関わった多くのボランティアの人たちを描いた物語であるが、脚本家の山田太一が解説で、「ああよくあるやつね、と内容の見当がついてしまうような気がする人もいるかもしれない。それは間違いです。これはまったく、よくある本ではない。凄い本です。めったにない本。多くの通念をゆさぶり、人が人と生きることの可能性に、思いがけない切り口で深入りして行く見事な本です。」と書いている通り、非常に複雑なテーマを我々に突きつける作品である。
本書に500頁に亘って描かれているのは、一般的な「重度の障害、そして、死と向かい合って生きる人間の、清らかで崇高なイメージ」とは異なり、「どこまでも「自分、自分」を強烈に押し出してきて、自らの“欲求充足”と“生命維持”のためにまわりの人間を動かし、世界がまるで鹿野中心に回っているかのような」鹿野氏と、鹿野氏のまわりに集まるボランティアたちも含めて、「決してやさしかったり、純粋なだけの人間集団なのではなく、ときには危ういドロドロとした、ひどく微妙な人間関係の力学の上に成り立つ世界」である。
また、それを書き綴った著者は、「私の筆の進みは遅々としていた。現実を、ただ現実として書き記すことの難しさに、身もだえする思いだったのだ。いや、本当に大切なのは、そこから先なのではないか、という気もしていた。・・・何を悩んでいるのか。私は何を悩んでいるのか。」、「さまざまなボランティアから、さまざまな話を訊いてきた。・・・しかし、私自身、ときには鹿野に対するどす黒い感情を持て余し、この本を書き進んでいくことの意味を、ほとんど見いだせなくなることがあった。いったい、この話をどこに収束させればいいというのか。」と、複雑な心境を随所で吐露してもいる。
しかし、読み終えてみると、全編には、「自分と他者」、「人が人を支えるとは何か」、「人が人と生きることの喜びと悲しみ」という、介護や福祉の問題に留まらない、人間・社会・人生に関する基本的な問題が通底していることに気付くのだ。。。
そして、著者も、「私がたどり着いたのは、とてもシンプルな一つのメッセージだったようにも思うのだ。生きるのをあきらめないこと。そして、人との関わりをあきらめないこと。人が生きるとは、死ぬとは、おそらくはそういうことなのだろう、と私は思い始めている。」と結んでいる。
“人間は社会的動物である”というが、“人が人と生きること”について深く考えさせる力作と思う。
(2017年12月了)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2017年12月2日
読了日 : -
本棚登録日 : 2017年7月30日

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