天国でまた会おう(上) (ハヤカワ・ミステリ文庫 ル 5-1)

  • 早川書房 (2015年10月16日発売)
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感想 : 71
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 売れっ子のピエール・ルメートルの版権を獲得した早川書房は、その快挙に欣喜雀躍したに違いない。ハードカバーと文庫との同時出版となったのもその表れだろう。

 しかし、実のところルメートルの作品は、あの怪作『その女アレックス』の登場後、即座に、過去に翻訳出版されていたにも拘わらずその時点では全く注目を集めなかったルメートルのデビュー作『死のドレスを花婿に』、そして少し後にカミーユ・ヴェルーヴェン警部のシリーズとしては第一作に当たる『悲しみのイレーヌ』も出版されるというルメートル旋風が、翻訳小説界に巻き起こることになる。

 『その女アレックス』が世界に席巻するルメートルのブームの発端となったにせよ、今、読む機会を与えられた過去の作品はすべて圧倒されるストーリーテリングを感じさせられる筆力に満ちたものであることは間違いない。

 そうした翻訳ブームの中で実は地味ながらも『その女アレックス』の二年後の作品として改めて瞠目されるべき作品が、実は本作なのである。早川書房としてはとても鮮度のよい作品に眼をつけたというところなのだ。しかもこの作品、フランス最高のゴングール賞受賞作。いわば日本でいえば直木賞ならぬ純文学系の頂点である芥川賞に比肩する大きな賞なのである。ピエール・ルメートルは、実は直木賞も芥川賞も行ける作家であったということである。

 しかし本書に向かい合ってみて、過去作品の見せる大どんでん返しやトリック、ツイストなどのミステリー的要素はないものの、その表現手法に接してみると、いかにもルメートル世界ではあるのだ。全然違う作品なのかな、と思いきや、その語り口、題材としての目の付けどころ、登場人物が陥る異常心理、意外な宿命とその結末といった小説的面白さは、日本の芥川賞にはまず見られることのない大衆娯楽小説としての楽しさが満載なのである。

 フランスのおおらかさというようなものを感じさせる受賞であり、それに応える壇上のルメートルの妙技はやはり相変わらず見ものである。ミステリーではなく、むしろ冒険小説のジャンルに切り込んだルメートルの作品は、どことなくジャプリゾの『長い日曜日』を思い起こさせる。

 戦争の残酷と、戦争を食い物にする戦争犯罪者。そしてそれらをある時は真摯に、ある時はイロニック(皮肉)に料理する名シェフのような文章(包丁)と味付けの冴え。日本の純文学では考えられないフランス純文学大賞の面白さ、という切り口だけでも改めて楽しみたいエンターテインメント・クライム・スリラーであり、壮大な復讐劇としてのビルディングス・ロマンとも言える大作をご賞味あれ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 冒険小説
感想投稿日 : 2016年6月6日
読了日 : 2016年5月23日
本棚登録日 : 2016年6月6日

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