刑事たちの夏

著者 :
  • 日経BPマーケティング(日本経済新聞出版 (1998年7月1日発売)
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本棚登録 : 82
感想 : 9
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 本は、人を繋いでしまう不思議な接着作用を持つ。この本はぼくの通っていた居酒屋の店主から「これ、いいよ」と頂いたもので、ぼくは当時、花村萬月の『たびを』という自転車で日本一周してしまう自伝的小説を店主にお貸ししたそのお礼みたいなもので、ぼくはお返し頂いたが、店主は差し上げますとプレゼントしてくれた。返さないで良いということが結局は仇になり、四半世紀も経ってから今頃この作品を読んでいるのだった。ぼくの不義理にも関わらず、この作品は決して錆びることのない20世紀最後のまさに世紀末的混沌を刑事小説という側面から抉り出した傑作小説なのであった。版元が日経というところでもこの作品の品質が伺えようというものだ。

 大蔵省のキャリアの飛び降り自殺が物語の発端だが、一方で他殺も疑われる中、早々に警察から自殺との判断が下されたことで、却って上からの圧力が疑われる状況下、真実を暴こうという者たちと、それを抑えつけようとする組織との暗闘が始まる。それらに巻き込まれる個人、組織、機関など、魑魅魍魎が多層的に蠢く国家規模の圧力が混沌の中で描き出されてゆく。

 そんな深い闇の奥底に、真実を模索する主人公の刑事は隠密捜査を行いながらも徐々に孤立し、追いつめられてゆきつつも、思いがけぬ真相に近づいてゆく。主たる舞台は首都圏だが、北海道で起きた過去の類似事件に執念を燃やす道警の元刑事や、その地での新たな殺人事件も発生するなどして事件はさらにスケール感を増してゆく。

 登場人物が相当に多いので、ぼくはつい人物相関図を作成してしまい、それを参照しながら文脈を追って読んでみた。国産ミステリーは登場人物一覧がないから、キャラクター紹介が巻頭にサービスされている海外ミステリーに比べるとつい読みにくいと感じてしまう。ぼくは、たまに人物相関図をExcelで作ってスムースに物語を読み解くようにしている。

 それにしても本作は、登場人物の多さが凄まじく、政財界や警察組織内部にまで関係者が至るのを見ても、如何に凝りに凝ったプロットであるか、物語の深さが伺える。リアルで壮大な建築物の如くよく設計された隙のないストーリーでありながら、それぞれのキャラクターの個性もしっかりと書き込まれており、あたかも独立したいくつもの短編小説が同時進行的に盛り込まれているかにも見えてくるほど本作は豊穣だ。

 意外過ぎる結末と、そこに至るプロットの非情さの裏には、あくまで巨悪を逃さずしっかりたたっ斬るという作者の強い意志や悲劇に対する怒りが伺われる。多くの善意が活躍するとともに、少なくない犠牲者も出る裏社会や国家悪の非情を冷徹に描きながら、現代のこの巨きな悲劇に片を付けるという潔さを見せて、最後には深く胸に残るような作品だ。刑事小説としてはよく見られるように、本書も多くの際立った個性とキャラクターたちの獅子奮迅の活躍が胸に残る。熱い魂が腐敗した世界を駆け抜ける快感が物語を縦横に走りまわる快感は、この作品の真骨頂であった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 警察小説
感想投稿日 : 2023年2月26日
読了日 : 2023年2月17日
本棚登録日 : 2023年2月17日

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