ララバイ・タウン (扶桑社ミステリー ク 6-1)

  • 扶桑社 (1994年7月1日発売)
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感想 : 6
5

 25年前の翻訳。27年前の原著。エルヴィス・コール・シリーズ第三作。自分もコールも三十代だよ、WAO!

 今年邦訳された『指名手配』は純粋なシリーズとしては物凄く久々だったとは聴いていたが。アマゾンで古い作品をかき集めてはみたもののすべてが揃ったわけでもない。近隣の図書館の蔵書目録にも出てこない。なのにこの高質で香り高きハードボイルドのホンモノの作品群。

 知れば知るほど、ずっとこのシリーズを見逃していた自分がハードボイルドファンとして失格だと確信することになるこのところの日々である。

 本書を読んで思ったこと。まさにハードボイルドの王道をゆく正統派高級作品。職業=もちろん私立探偵なのである。

 己れにモラルとルールを課す。道を外れない。腕に少々の自信。武力で足りない部分は、相棒のこわもてジョー・パイクに頼む。これもハードボイルド小説には欠かせぬ部分だ。必要に応じて招集できる仲間、情報源としての引退した刑事なども含む。女性にもてて優しい。子供に眼がない。多少怖気をふるっても可笑しくない切った張ったの現場に、時には出向かねばならない。すべてのもとに知略があり、会話にはユーモアを欠かさない。
 
 きっかけは小さな依頼でよい。個性の立ったわき役たち。どうしようもない男と、独り立ちした女がいたりする。人探しから始まってよい。「ロスの探偵エルヴィス・コール」との副題が付いているくせに本書はあっという間にニューヨークに舞台を移す。人を探すから仕方がないのだ。まあいい。

 もちろん探し当てた美女は、既に犯罪の片棒を担がされていたりする。探偵は帰って依頼主に状況を報告すればそれで仕事は済むはず。しかしハードボイルド小説は、そこからすべてが始まる。探偵は騎士なので弱っている美女や子供に背を向けて帰るわけにはゆかないのだ。面倒ごとに巻き込まれる習性。探偵の資質。とりわけハードボイルドというジャンルにおいては欠かせないエッセンス。

 敵は残虐で異常でなければいけない。出来の悪い人間による残酷な暴力の壁。探偵が立ち向かうべきものは、やわなものであってはいけない。見知らぬ街を訪れたエトランジェは、そこにはびこる悪の芽を摘み取って去ってゆくのだ。

 以上、ぼくのハードボイルド観を、ひとつひとつ確認させてくれる、お手本のような私立探偵がここにいる。マイク・ハマーやスペンサーのようにタフで超人でスーパーな負け知らずという絶対の主役ではないまでも、もう少し常人に近い場所でのへらず口と弱さとを垣間見せながら、常識を多少超えたところまで痩せ我慢に徹する、この愛すべき善人探偵エルヴィス・コールがここにいる。

 そんな安心感と郷愁を得るための読書があっても良いだろう。そんな古臭くても、無理をしない、でも正義の味方であることに拘ろうとする意欲満々の探偵が一人くらいいたって、一向に構いやしないだろう。至高の読書タイム、ここに極まれり、である。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ハードボイルド
感想投稿日 : 2019年12月20日
読了日 : 2019年12月19日
本棚登録日 : 2019年12月19日

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