豊乳肥臀 (下)

著者 :
  • 平凡社 (1999年9月21日発売)
3.63
  • (1)
  • (8)
  • (7)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 46
感想 : 4
4

1995年、『豊乳肥臀』が出版されたとたんに、国内では賛美両論の嵐を巻き起こした。その小説が批判の的になる一番大きな理由は中国近現代史における歴史事件の扱い方である。「小説家にとって、歴史は寓言化し予言化するための材料に過ぎない」、また「虚構可能」という創作信念を持つ莫言は、『豊乳肥臀』を通して長年「政治教育」の洗脳を受け続けてきた中国の読者たちを仰天させた。「歴史を歪曲する」という罪名で、『豊乳肥臀』は一時「禁書」=「発売禁止の書物」のリストに挙がったことがある。

何もかも「定性」 したがる歴史や政治の教科書では、善悪はいつも形而上学的な単語の羅列ではっきり定義されている。正解を除いたほかの解釈の可能性はすべて排除されていた。中国の近現代史を扱う場合、もし先述べたのは支配層に公認された唯一正しい「正史」ならば、莫言の小説は民間に還元された矛盾だらけの「稗史(はいし)」とでも言えよう。

前者の語り手は偉い官僚(史官)に対し、後者の語り手は(『豊乳肥臀』においては精神的には成長できない上官金童だが)いつも純粋な子供である。

無知なその子はいつも基本になる感覚、言わば五感(見る、聞く、かぐ、味わう、触れる)で世界を捉えようとする。色の描写や(『赤い高粱』の際立つ「紅」)、音の描写(『豊乳肥臀』の風の音)などはまさに小説の異化効果をもたらし(時間のため詳しい分析を省略するが)、読者に強烈な印象を持たせる。その子の目を通してみた「歴史」というものはたぶんいちばん調理されなかった原材料に近い、より多くの真実を含んでいると推測される。そのうえ、莫言は虚構な登場人物を肉付けすることで、形而上学的な歴史を具現化することも成し遂げた。

『豊乳肥臀』は小説であると同時に、百年も描いた中国近現代史とも読める。歴史の重しがあるからこそ、小説に織り交ぜられたさまざまな現実離れしたエピソードはへんてこさまたその誇張さに拘わらず、真実味を帯び、莫言の文学もそれで飛躍ができたと言えよう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 莫言
感想投稿日 : 2013年1月27日
読了日 : 2013年1月16日
本棚登録日 : 2013年1月16日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする