羆嵐 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1982年11月29日発売)
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本棚登録 : 3836
感想 : 536
5

先月読んだ『高熱隧道』に感化され、手に取った吉村昭の2冊目。
大雪山の紅葉を見ようと、北海道旅行に行くフェリーの中で一気読みしてしまった。
いやいや、登山前のタイミングで恐ろしいモノを読んでしまった、と後悔(失笑)。

苫前三毛別羆事件という、史実に基づく小説。
二度と起こらないであろう高熱隧道の時代とは異なり、
羆は今もなお、北の大地で息を潜めている。
我々現代人だって、生きたまま羆に食される可能性はゼロではないのた。

厳しい自然環境と経済状況でも、土地を離れることのできない人間達。
集団で火を焚き、使い慣れない銃を持っていることで「安全」だと錯覚している。
実際は、銃は使い物にならず、炎は羆にとって「餌」があることの目印にすぎなかった。
羆にとっては、入植してきた人間が自分の縄張りを荒らしたことで環境が変化してしまい、冬眠場所が無くなり、空腹とストレスが溜まっていたのだろう。

自然の摂理を理解し、孤独と闘いながら羆に立ち向かう老猟師の迫力が伝わってくる。羆の犠牲になった村人や、当初は「集団で羆を仕留める」息巻いていたものの実際は成すすべの無かった滑稽な男達は、自然界における弱者として描かれ、猟師と対比した描写が際立っている。

そして、老猟師自身も、羆に向かう真剣な姿(自然界での姿)、酒癖が悪くトラブルを起こす姿(人間界での姿)の2面性が描かれる。

最後は猟師が見事、羆を仕留めるのだが、犠牲者が多数出ていることや、その凄まじい惨状描写もあって、全体を通して、何とも言えない「寂しさ」を感じる作品であった。どれだけ文明が進んでも、大自然の中で人間はとても弱い存在であり、羆にまともに立ち向かえる人間(自然にマトモに立ち向かえる人間)もまた、減り続けているのである。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年9月28日
読了日 : 2022年9月28日
本棚登録日 : 2022年9月28日

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