春日先生の著書を最初に読んだのは10年以上も前でした。
その本は「病んだ家族、散乱した室内」という奇妙なタイトルでしたが、中身を読んでたちまちファンになり、それ以来大方の著書は目を通してきました。
それですからこの小説を書き下ろしたと知った時、とうとう先生小説にまで手を広げたのねえ・・と感慨深いものがありました。
れっきとした精神科医ですが、ご自分で”精神科医療になじまぬ文脈・・”という文を紛れこませたり、危うく自分が発病(精神病を)しかねない精神状態を体験していたことを登場人物の回想に入れるなど、文学者としての素養は充分です。かねてからその読書のフィールドの広さには敬服していたので、この小説はそんな先生の今までの仕事の集大成なのかなあと思う次第でした。
そうはいっても事実は小説より奇なりの言葉どおり、臨床での経験はアッと驚く症例を登場させ、読者を五百頭(いおず)病院ワールドへ迷いこませます。15年間もひと言も言葉を発しない患者が登場、いわゆる緘黙の患者さんですが、その治療に挑むのは三人の若き臨床医、それぞれの性格や考え方、治療スタイルが異なります。それらをていねい精神科領域の医療も含めて説明してゆく課程がこの小説の根幹を成しています。
そして、常人とはちょっと毛並の異なる患者を取り巻く人々。彼らもこの小説のスパイスとして彩りを添えます。
この小説で春日先生の分身として登場するのは、津森慎二医師だろうというのは容易に想像できました。
それにしても、この小説は単なる臨床経験をつぎはぎしたものではない読み物としての醍醐味がありました。治療?が終了してそれで終わりという単純な結末ではなく、最後の一滴まで美味しかったというスープを飲み干した気分になったのはさすがです。
- 感想投稿日 : 2012年2月20日
- 読了日 : 2012年2月20日
- 本棚登録日 : 2012年2月15日
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