戦争の世界史(下) (中公文庫 マ 10-6)

  • 中央公論新社 (2014年1月23日発売)
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フランス革命が銃と砲による戦いだとしたら、クリミア戦争は鉄道と蒸気船による戦いだった。
それは単に補給の形を変えるにとどまらず、全国民を戦場へ運び、
さらには遠方の田舎国家さえも軍需品の市場システムに組み込むことを可能とする。
そう、直接銃火を交えることこそなかったため世界大戦とは言われなかったが、
産業を通じて世界中を巻き込む戦争が駆動しはじめることとなった。

この頃動いたのは、世界各国から戦場である西欧への補給物資だけではない。
その費用から国営工場による生産は叶わず、技術力を持つ先進国家の民間企業のみが生産を可能とした鋼鉄製の大砲は、
イギリス・フランスの工場からアメリカ・ロシア・プロイセンなどの近隣諸国は当然として、
日本・中国・チリ・アルゼンチンなど、蒸気船により縮まった世界の果てまで輸出されることとなる。

ますますかさむ戦費と鉄道による移動は膨大な計画と計算を必要とし、
戦争を支配するのは戦場の英雄による活躍でも将軍による戦術でも皇帝による戦略でもなく、
銃後の計画と計算による生産が勝敗を決する最大要因になる。
そのような必要から生じた参謀制度は産業に深く関わり、
単純な調達を超えて議会へのロビー活動や費用徴収のためのプロパガンダにまで手を伸ばす。
そして、作り続け売り続けることによって大きくなった企業は生き残るために投資と研究開発を続け、
資金の投下はさらなる技術革命を促す。

無煙火薬、長砲身、後装方式。
速射砲、油圧シリンダー、回転砲塔、駆逐艦、石油燃料、潜水艦。
製鋼技術、化学工業、電動機械、無線通信、タービン機関、ディーゼル機関、光学器械、計算機。
そして飛行機。

技術と産業の長足の進歩は社会の変革を伴い、
格差社会、労働者階級、社会主義活動の拡大、それになにより人口増加が社会不安を産む。
人口増加をきっかけとする戦争への道のりは歴史上何度も繰り返されてきた事実であるが、
そこに多くの人と物資の移動を可能とする技術、人々を従わせる仕組み、莫大な投資を回収する必要がある構造が伴い、
軍事行動を政治状況の都合に合わせて匙加減を効かせて塩梅することは不可能になる。
かくして産業が、即ちそれにたずさわる多数の国民が、明日の平穏な生活を求めて戦争を望むようになり、
止められない大戦が始まることとなる。

第一次世界大戦の4年間は、30年戦争や100年戦争に比べればずいぶん短いが、
逆に言えばたったの4年間で国が、世界システムが激変するほどの数が動いた。
ソンムの戦いでは一日で5万人、3ヶ月半で小国の全人口に匹敵する100万人以上が死んだ。
イギリスの砲弾生産量は一年間で10倍になり、ロシアでも月産45万発を1年半で450万発に成し得た。
そして第二次大戦では、その生産力が必要とする産業動員は国民全員のみならず、全世界を戦争経済に従事させることとなる。

技術力の向上速度は加速を続け、速く作りすぎると陳腐化した在庫を大量に抱えるまでになる。
時代遅れの兵器の数を揃えるか、数は少なくても最新の兵器があったほうが良いのか、前もって知る方法はなく、
ただ全力を持って開発と生産に当たるしかない。
そして国の軍事力=経済力はもはや自国だけで完結するものではなく、
超国籍的な組織形成がなされ、戦争の単位は完全に国家を超える。
科学的合理性と経営的合理性が軍事に応用されて非合理性を生み出し、
人類を動員する能力が道徳を上回った先に待っていたのは、米ソでの強制移住、ドイツでの絶滅収容所、 そして核兵器であった。

2つの大戦以降、先進国による戦争と戦争介入は、選挙による選挙のための民主的な戦争を形成している。
もちろん、経済を主な原因とする小規模な戦争の形も変わらず存在する。
幸いにも先進国同士の核戦争は勃発していないが、
戦争が止められないならば、戦争の歴史を学ぶことに一体なんの意味があるのだろうか?

防げなかった戦争は数えられるが、防げた戦争はそうではない。
大戦以後、いったいどれだけの国際法や条約が戦争回避のために設けられたのか、
そしてそれは正しく機能しているのだろうか。あれからいったい人類はどれだけ人を殺さなくなったのか。
戦争を止めるためには、人類はまだまだ歴史を学ばなければならない。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2018年7月19日
読了日 : 2018年7月19日
本棚登録日 : 2018年7月19日

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