竜太は、人間というもの、そして自分自身を知っていく。それがどんなに恐ろしく、残酷で、理不尽で、利己的であるかを。しかし、人間と人間が分かり合えるということは、自分と同じ人間として他者を尊重できるということでもある。本作品にはさまざまな人物が描かれていたが、私は政太郎の生き方に最も心打たれた。同じ人間を人間として扱うということ、人々が浮かれているときこそ冷静でいること、そして情報をもとに客観的に情勢を見極めるということ、自分とは考えが異なる相手の意思を尊重するということ。そして、最後は人間、そして教育の大切さを政太郎は知っていた。筆者がパーキンソン病との闘病生活の中、苦慮して描いた引き上げの筋書きや龍太が教団復帰してからの教師生活など、物足りなさを感じる部分もあったが、筆者も、軍国主義的な教育をしてきた教師の戦後の胸中を丁寧に描写できなかったからであろう、「もっと書かねばならなかった」と言う。しかし、物語に身を任せるのではなく、私自身が「なお終わらないもの」に目を逸らさずに対峙してゆかねばならない。竜太が周りに流されずに、人として異を唱えるまでに成長したように、子供に握り飯を渡すことを躊躇うことで人間の本性を見、それにどう向き合うべきかを悩んだように、この物語に出会った以上、弱き人間の弱さに目を逸らさずに、人が人に何ができるのかを、人が人の上に立つということがどういうことかを、考えてゆかねばなるまい。
読書状況:読み終わった
公開設定:公開
カテゴリ:
小説
- 感想投稿日 : 2021年6月28日
- 読了日 : 2021年6月27日
- 本棚登録日 : 2021年6月28日
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