リトル・ピープルの時代

著者 :
  • 幻冬舎 (2011年7月28日発売)
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感想 : 100
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<印象的な箇所のまとめ>
・グローバル資本主義が浸透した現代はビッグブラザー(国家や国家の歴史物語)が力を持っていない。リトルピープルの時代である。
・歴史から切断されて生きている人々は、リトルピープルに依存する。
・リトルピープルとは、企業とかカルト教団とか売れっ子ビジネス書作家とかカリスマとかアイドルとか。特定の主義主張による精神的な囲い込みを多くの人にもたらす存在。個人はリトルピープルの主義主張に依存していきていくようになる。
・オウムと阪神震災後の村上春樹は、オウムや自己啓発セミナーなどカルト集団の精神的囲い込みに対抗するため、抗体としての役割を果たす物語を執筆している。抗体としての物語を読者に届けている。

・「世界の終りとハード・ボイルド・ワンダーランド」で世界の終りにいる「僕」は、世界の終りにとどまり続けることで責任を取る道を選ぶ。デタッチメントすることで世界に責任を果たしている。
・春樹の小説の語り手「僕」たちは、女性の登場人物に承認されることでナルシズム的欲求を満たしている。女性たちは心に傷を抱えており、女性たちの要求に「僕」が応えることで、コミットメントが成就されてきた。これはハードボイルド小説の手法の変奏といえる。
・ハードボイルド小説では社会が複雑化多様化している。ハードボイルド小説の男性はナルシズムを確保するために男のロマンを徹底して自己完結した。春樹の小説の語り手たちは、女性に承認されることでナルシズムを確保してきた。
・「ねじまき鳥クロニクル」では、悪が明確に描かれる。悪が擬人化されたワタヤ・ノボルは、主人公オカダ・トオルの妻クミコによって殺害される。クミコは闇の世界にいって帰ってこなくなるが。
・春樹の小説では常に女性がコストを支払うことで、男性主体のイノセンスが確保されてきた。女性への責任転嫁とレイプファンタジー。これではリトル・ピープルに対抗する想像力と言えない。
(以下ヒーローもの番組の分析に続く)

<所感>
これを読んだ後「多崎つくる~」について考えるとまさしく女性に承認される男のファンタジー。学生時代の大切な友人の女性シロがレイプを苦に死亡。レイプの犯人が多崎つくるだと思われていたため、多崎つくるは学生時代の仲間から仲間はずれにされる。多崎つくるは大人になってから、仲間はずれにされた理由、シロがレイプされたこと、もう亡くなっていることを知る。本人はレイプしていないと思っているけれど、どうも自分の分身みたいな存在がシロをレイプしたし、自分の分身がシロを殺したような記憶もある。その記憶の再生と、シロ以外の女性たちからの承認によって、多崎つくるは生を取り戻していく。

この解釈は「多崎つくる~」の多様な物語から一部を切り取った解釈に過ぎないし、優れた小説は多様な解釈ができるけれど、多崎つくるはシロが亡くなったこと、過去は戻らないことを受容し、それでも生きてゆくことを選ぶ。過去の傷を受け入れつつ、未来に向けて生きていくこと、何等かの全部救済してあげますよ的教えにすがることなく、自分の頭で考えて生きていくことを、春樹の物語は推奨している。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 現代思想
感想投稿日 : 2013年6月29日
読了日 : -
本棚登録日 : 2013年5月19日

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