すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた (ハヤカワ文庫 FT)

  • 早川書房 (2004年11月9日発売)
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感想 : 26
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著者晩年の幻想小説、中編三部作。
メキシコ湾とカリブ海の間に突き出た半島キンタナ・ローの沿岸を巡る奇譚。
原題は"Tales of the Quintana Roo"――なので、
邦題に日本語の静かなパワーを痛感、カッコイイ。

昔、カンクンへ旅して骨折して帰ったきた人の話は……
しなくていいですね(笑)。
そこまで行ったことがなくても、
沖縄の海に浸かった経験のある向きには、
美しいエメラルドグリーンの海に、
その色味から冷やかさを想像し、
熱気に包まれて火照った身体を
クールダウンしてくれるのを期待して駆け込むと、
実は――ぬるい、
物凄く生ぬるくて「騙された!」と叫びたくなる、
あの気持ちを思い出していただけるかと思いますが、
この連作のページを捲っていて、そのときの気分が蘇りました。
空気がトロンとして、実に心地いい。
もっと難解、あるいは奇抜過ぎて
着いていけない作風を想像していたら、
いい意味で肩透かしを食いました。
我々の現実の生活の延長線上、
あるいは曲がり角の向こうにある奇妙な世界の話。
しかし、箱メガネで覗いた水に反射するのは、
侵略や格差といった歴史や経済の深刻な問題なのかもしれない……。

ところで、ラテンアメリカ文学者・越川芳明氏による解説が
素晴らしい。
著者の来歴と、収録作のバックボーンと思われる事象について
過不足なく伝えてくれている。
読者が文学の解説に求めているのは「●●さんと私」のような
エッセイ、内輪話などではないのだ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ:  英米語文学
感想投稿日 : 2017年5月18日
読了日 : 2017年5月18日
本棚登録日 : 2017年4月29日

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