虚数 (文学の冒険シリーズ)

  • 国書刊行会 (1998年2月1日発売)
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感想 : 28
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未来に出版されるはずの本への序文集――としての
短編小説集というメタフィクショナルな一冊。
「架空の本」の批評ではなく、
この先“書かれるに違いない作品”について
「序文」の形式で前以て概要を語ってしまおうという点が、
ボルヘスと少し異なるが、

 > 長大な作品を物するのは、
 > 数分間で語りつくせる着想を
 > 五百ページにわたって展開するのは、
 > 労のみ多くて功少ない狂気の沙汰である。
 > よりましな方法は、
 > それらの書物がすでに存在すると見せかけて、
 > 要約や注釈を差しだすことだ。

というボルヘス『八岐の園』~「プロローグ」
(岩波文庫『伝奇集』p.12)での《宣言》と、
精神的に相通じる一冊。
本書全体の序文を書いた
梅草甚一(!)なる人物――肩書きは日本挨拶学協会会長――も、

 > たとえいい本であったとしても、
 > 量があまりに多くなれば、
 > それは単なる騒音となり、
 > 人は情報の大海に溺れてしまう。【略】
 > 本当なら分厚い本をもっといくらでも書けるのに、
 > そこをあえて自制して、
 > 最小限の形式の書評や序文で
 > 〈書くことへの欲望〉を
 > 処理したのではないだろうか。(p.2-3)

と述べているとおり、
SFからミステリから何から
一通り書き尽くしてしまった碩学の作家が
その後に着手したのは、
大きな物語を圧縮する試みという体裁を取った
「一つ上の次元」の著述だったのだろう。

内容は、
特殊な撮影方法による写真集に付された
序文(という体裁のフィクション),
アマチュア細菌学者の、
培養基に入れたバクテリアに刺激を与え、
モールス符号で文章を綴らせるという実験の記録,
人の手を介さず、
コンピュータが小説を綴るようになった時代、
そうした作品は「ビット文学」と呼ばれた……
ということで論述される「ビット文学史」。
1970年代に、
AIが小説を書き上げるようになった現代の状況を
透視していた作者レムの「予見」の鋭さに戦慄。
そして、
未来の予測に基づいて記述された(!)項目から成る
百科事典の宣伝パンフレット及び
付録の本体見本ページという構成(=設定)の
フィクション。
ラストは「GOLEM XIV」。
これは
General Operatior,Longrange,Ethically Stabilized Multimodelling
=「長期倫理的安定化マルチモデル汎用オペレータ」略称GOLEM
と名付けられたコンピュータ・シリーズが
ホワイトハウス附属機関の最高位に就任したり、
陸海軍の最高司令官として指揮を執ったり、
ヒトとは何かを論じた講義を行ったりして、
バージョンアップの度に自我を肥大させていく様子を
描いた作品。
ゴーレム(golem)という語が、
ユダヤ教の伝承に登場する自力で動く泥人形で、
胎児の意であることを思い出すと、
彼が好き放題に振る舞う歪んだ子供のように感じられる。
しかし、彼を作った人物が
命令文を少し書き換えれば元の土塊に戻るはずなのだ……
と思ったものの、どうやら彼はその手を逃れ、
ヤコブの梯子の彼方の宇宙へ遁走したらしい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ:  東欧文学
感想投稿日 : 2018年1月21日
読了日 : 2018年1月21日
本棚登録日 : 2017年12月13日

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