再読シリーズその3。
猫弁シリーズ第一作。今さら知ったが『ドラマ原作大賞』受賞作らしい。だからビジュアルを意識した個性的なキャラクターとドラマチックな展開になっているのか。
初めてこの作品を読んだときに伊坂幸太郎さんの作品を彷彿とさせる感覚があったのを覚えている。
ジグソーパズルのように様々な現象、人物や事件の動き、ちょっとした言葉すら複雑にちりばめて最終的に見事に決着させている。伊坂さんもそうだが、どういう頭脳の持ち主なのだろうと感心させられた。
シリーズを未読の方に少し説明させてもらえれば、主人公の百瀬太郎は東大卒でキャリア15年の弁護士だが、今放送中の剣持麗子のような華々しく攻撃的なタイプとは真逆だ。
スタッフの野呂法男の言葉を借りれば『「相談事を万事まるく平和的に解決する」ほうにばかり脳が稼働する』『経営努力をしているようには見えない』弁護士なのだ。
タイトル通りペット絡みの案件が持ち込まれることが多く、解決しても飼いきれないと押し付けられた猫がわんさと事務所に居座っている。
だがこの作品を読めば麗子タイプとは全く違うし貧乏事務所ではあるものの、百瀬は間違いなく優秀な弁護士であることが分かるとは思う。
何しろ三年間、お見合い30連敗しながらも結婚相談所に高い会費を支払い続ける能力があるし野呂と七重、二人のスタッフを雇うことも出来ているのだから貧乏といっても頑張っているのだろうと思う。
このシリーズで度々出てくる、百瀬の母親の教えが実にユーモアに溢れている。
『万事休すのときは上を見なさい。すると脳がうしろにかたよって頭蓋骨と前頭葉の間にすきまができる。そのすきまから新しいアイデアが浮かぶのよ』
百瀬はこの言葉を忠実に守り、困ったときは上を向いて乗り切ってきた。本当に新しいアイデアが浮かんでくるのだ。
だが後に親しい付き合いとなる大福亜子はこれを『泣かないおまじないだったんですね』と指摘する。
単純に苦しい時悲しい時は空を見上げなさい、ではなくて『脳がうしろにかたよって』『新しいアイデアが浮かぶ』なんて、どうしてそんな言葉が思いつくのか、百瀬の母親もかなりユニークだ。後の作品で登場する母親はだいぶ印象が違ったけれど。
そう言えば、この時は亜子に対してはっきりとした意思表示をしていなかったのだなと発見。この後亜子との関係がなかなか進まず心配しながら読んだ記憶がある。
大山さんの作品は一般的な悪人タイプが出てこないのが安心できる。悪事や犯罪があってもフォローだったり救いがある。
厄介なキャラクターの七重が二度も黄色いペンキで塗った事務所のドアのその色の意味も、分かると何だか素敵に思えてくる。
一般常識のないキムラタムラの売れない芸人コンビも、理不尽な依頼をしてくるマダムも、片方の靴しか磨いてくれないおばあさんも、隠し事を隠したまま解決したい社長も、一皮むけば心の内が見えてくる。その内側を上手に掬い取り『まるく平和的に解決する』百瀬はやはり天才だ。
- 感想投稿日 : 2022年5月21日
- 読了日 : 2022年5月21日
- 本棚登録日 : 2022年5月21日
みんなの感想をみる