自分の性格を変えてしまいたい。そうすればもっと幸せになれるはず。そんな願いを叶える薬が開発された。
近未来の日本を舞台に、性格補強ワクチンをめぐるって繰り広げられる人間の欲望を描くヒューマンドラマ。
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20年前にマンションの一室からスタートしたワクチン製造会社・ブリッジ。性格補強ワクチン開発に成功したことで急激に発展を遂げた。
自らワクチン接種したことで決断力が強化され的確な舵取りができた社長の加藤翔子だったが、ワクチン効果が切れる20年目を迎え、衝撃的な事案に見舞われる。培養していた微生物RXというワクチンの主成分が死滅し始めたのだ。
500万人のワクチンユーザーの追加接種の時期は次々と迫ってくる。大きな決断を迫られる翔子。だが翔子自身、ワクチンによって補強されていた決断力が薄れだしていたのだった……。
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人間は自分の性格的な弱点を認識しているものです。そこをなくせば理想的な自分になれ明るい未来が拓けるに違いない。誰でもそう考えるでしょう。
でも果たしてそれは本当なのか。実に面白いところに目をつけたと思います。
さてテーマの柱は2本ありました。
1本目は人間の弱さです。
本来、自分の弱点を少しでも改善しようと様々な努力をすることが人間的な成長に繋がるのであって、薬物により容易く(金銭的負担は大きいですが)手に入れたものでは真の幸福は得られないでしょう。
大人なら当然そんなことは承知しているはずなのに、つい楽な方法に流れてしまう。
2本目は企業倫理を保つことの難しさです。
企業が進めてきたことが間違っていたとき、経営者として何を優先し、どのような行動を執るべきか。そんな事態に直面した経営者で悩まぬ人はいないでしょう。
企業の意義は人々の幸福に貢献するところにあるのは疑いないことです。けれど、金儲けを追求するあまり、その意義を疎かにしてしまう企業(経営者)は多いのではないかと思います。
このテーマは企業サスペンスではよくあるもので、翔子が最良の選択をするというオチのつけ方もよくある理想的なものでした。
ただ翔子の選択が、ワクチンで強化した決断力が薬効切れで弱くなってからのものだっただけに、1本めのテーマをも踏まえたうまい展開だと言えます。
もう少し周辺の事情を丁寧に描いて欲しかった等の不満はありますが、桂望実氏のストーリー構成の巧みさが如実に表れた作品だと思いました。
- 感想投稿日 : 2023年1月26日
- 読了日 : 2023年1月22日
- 本棚登録日 : 2023年1月22日
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