「山椒魚」:言わずと知れた井伏鱒二の処女作(大正12年)です。お話自体は有名な小説ですので、あらかたの筋はみなさんご存知かも。2年間を文庫本12ページで読み切る短編です。標準の文法から逸脱しながら、抑制の効いた文章が綴られています。問題はラストの蛙のセリフですよね。色んな読み方ができると思います。私は「今でも」というセリフから、いつから蛙がそのような心持になったのか非常に気になりました。
「本日休診」:昭和24年に第1回読売文学賞にも輝いた作品です。映画化もされました。本日休診って言うとなんだかほんわかした感じがしますが、実際には、東京蒲田を舞台に、戦後の貧困にあえぎながらも何とか生にしがみついている人たちの風俗を赤裸々に活写した作品です。お金がないので治療を拒否して死んでいくエピソードなど胸をうちます。
「多甚古村」:徳島のある村の駐在さんが日記を井伏に送り付け、それをもとに日記風の小説にした昭和14年の作品です。これも映画化された作品です。日中戦争のさなかとは言え、のんびりした田舎の風俗が描写されます。でも、ところどころに「非常時」とか「日本が一番強い」とか「出征兵士の見送り」とか戦争が影を差します。駐在という権力装置の末端にありながら、村人に頼られる姿。一方で、権力に対し遠まわしに批判を示す村人。駐在さんを取り巻く環境は一様ではありません。文章の端々におっと思わせる作品です。
山椒魚
本日休診(読売文学賞)
多甚古村
第1回読売文学賞
著者:井伏鱒二(1898-1993、福山市、小説家)
解説:立松和平(1947-2010、宇都宮市、小説家)
- 感想投稿日 : 2015年9月9日
- 読了日 : 2011年7月29日
- 本棚登録日 : 2011年12月9日
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