食べものさん、ありがとう: 日本人の栄養学講座 (朝日文庫 さ 10-1)

  • 朝日新聞出版 (1986年7月1日発売)
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今週おすすめする一冊は、『食べ物さん、ありがとう』です。栄養学者の川島四郎氏を先生に迎え、漫画家のサトウサンペイ氏が食べ物のことを色々と教えてもらうという内容で、原著の出版は1985年。当時は結構なベストセラーになったようです。

川島先生は軍隊で兵隊の食糧の研究をしていた方で、陸軍学校を出た後、東大農学部に進み、鈴木梅太郎博士のもとで栄養学・食糧学を研究し、博士号を取得しています。戦後、アメリカ軍は日本軍には携行食では完全に負けていたと言ったそうですが、その携行食=乾パンを開発したのが川島先生です。まさに実践知の人。

その実践知は、徹底して自然界(特に野生動物)に学ぶことから生まれます。そして、良かれと思うことは自らも含めた人体実験でしつこく試す。軍務に服していた頃は、兵隊さん達を実験台に色々と試せたわけで、そこで蓄積したリアルなデータをもとに「川島式栄養学」と呼ばれる独自の理論を発展させたのでした。

川島式では、人類は、内蔵も歯も、ネアンデルタール人の頃から変っていないのだから、食べる物も食べ方も、原始人達に学ぶべき、と考えます。ローフードやマクロビオティックのような90年代以降流行している食事療法の主張とも一部重なりますが、人間の生理、生態、気候風土に関する科学的知見と観察的事実を踏まえている点で、ずっと納得感があります。

とにかく青野菜を食べろ、というのが川島先生の基本的なメッセージなのですが、その理由を、葉緑素と血色素との分子構造の類似性という生理・化学レベルの話と、ライオンはシマウマの胃袋の中で半分消化された青野菜を真っ先に食べるという、生態学・動物行動学的な視点の両方から語るのです。食べ物関係の本は好きでよく読みますが、青野菜の重要性をこんなにシンプルに説得力をもって説明してくれたのは川島先生が初めてなので、感心してしまいました。

その他、カルシウムの重要性や海のミネラルの凄さについても目から鱗が落ちるような話ばかり。浅間山荘事件を引き合いに出しながらカルシウム不足の怖さを語るあたり、現代のキレやすい子たちに通じる問題を感じて、うすら寒くなります。

本書が出版された当時、川島先生は90歳。翌年、91歳で亡くなるのですが、80歳を過ぎても毎年のようにアフリカに調査に行き、お肌も最後までスベスベだったそうです。秘訣は、青野菜を食べ、昆布や煮干しなど海のものをきちんと摂って、ナッツ類の生命力をもらうこと。そういう食生活を心がければまだまだ何年も元気でいられそうだなという希望がもらえます。

本書を読んでいると、我々は、食べ物を介して他の生命達とつながっているんだなということが実感されます。そして、この地球というものがいかに恵みに満ちた有り難い世界なのかということも。まさに『食べ物さん、ありがとう』です。

健康に生きるためのとても大切な知恵を学ぶことのできる一冊です。是非、読んでみてください。

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▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)

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乳(ちち)という言葉は、大昔は「ち」といいましたが、赤ん坊は言葉をかさねていうので「ち=血」が「ちち=乳」になったのです。驚いたことにね、サンペイさん、この白い乳が、じつはお母さんの赤い血液からできるんですよ。

人間の病気の大部分は食べ過ぎから始まっています。野生の動物で食べ過ぎて体をこわすものなんていませんよ(…)人間以外の動物は、満腹といっても胃袋は八分の入りです。

オオカミやライオンが襲う相手は、必ず草食動物でしょ。あれは腸に残っている青い草を狙っているのです。

〈ピロール核〉というのが四個ありましてね。その真ん中に〈鉄〉が一分子入っているおが血液の赤い血色素、〈鉄〉の代わりに〈マグネシウム〉が一分子入っているのが葉緑素なんです(…)この葉緑素が体の中に入ると、〈ピロール核〉のまん中にあった〈マグネシウム〉が〈鉄〉と入れかわって、真っ赤な血色素になるんです。
だから、青野菜をたくさん食べていると、血色素がどんどん作られ、サラサラした正常な血液になる、という仕組みです。

昔、軍隊にいた時、食後何分たって、兵隊の訓練を始めるのがよいか研究したことがあります。その時、私は上野動物園に四、五日通って、朝から晩まで動物を観察しました。動物はみんな、おなかがいっぱいになったらゴロンと横になる。ゆっくり休んで、胃を働かせる。以来、軍隊では昼食後一時間たってから、訓練を始めるようになりました。

ほかに子どもの栄養で気をつけなくてはならないのは、リンが入っている清涼飲料水やインスタント食品の食べすぎです(…)清涼飲料水やインスタント食品には、とかく、リンが入っています。体の中でこれからお役に立とうとしているカルシウムに、リンがつくと〈第三リン酸カルシウム〉という不溶性のものになって役立たずにしてしまいます。

浅間山荘事件が起きた時、ハッと思ったんです(…)あの事件では、仲間を十一人も残酷にリンチして殺したでしょ。普通の殺し方じゃなかったんで、食べもののせいではないかと思ったのです(…)徹底的に調べました。すると、山に隠れていたので、西軽井沢駅でインスタント食品ばかり買って食っている。青野菜と、カルシウムのあるものを全然食っていないんです。山にこもったのが、十二月初め、捕まったのが三月中旬。百日もカルシウムと青野菜をとらなければ、気持ちが荒れてきて、残酷なことも残酷と感じないというようになるのです。

煮干しを丸ごと食べると、骨のカルシウムと、はらわたにあるビタミンDをいっしょにとることができるからです。あんなに便利な食べものはありません。

ガンジーの信念は、殺されるものをいやがる食べ物は絶対に食べない。自らすすんで食べてほしいといっているものだけを食べる、というものでした。果物と牛乳は、この信念にかなった食べものです。

種子には、生命の根源、バイタルアクション(生きる力)があります(…)種子には何か、生命の根源にかかわるようなものが含まれているのではないかと思いますね。

ヌカの中にはリンが多いんです。消化すると〈リン酸〉がたくさんできる。玄米は、酸性食品というわけです。ですから、玄米食の時は、アルカリ性食品である野菜をたっぷり食べて、バランスをとらなくてはいけません。玄米食べて、肉を食っていたら、酸性過多になります。玄米の効果が帳消しになってしまいますからね。

大自然の宇宙の元素とでもいいましょうか。地上の土にもたっぷり含まれていたのですが、大昔、地球がまだ暖かかったころ、海の水がどんどん蒸発して大雨が降り続き、海へ流れ込んでしまったのです。だから海には、地上にない〈希有元素〉がたくさんあるのです。

魚は肉に比べて、ミネラルの種類も、量もはるかに多いんです(…)海の中で生きている魚には、海藻同様、いろいろな〈希有元素〉が含まれています。

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●[2]編集後記

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週末、娘と散歩していて、門前にススキを生やしている家を見かけました。「ススキだよ」と娘に教えてあげながら穂に触れた時、もう何年もススキに触れたことなんてなかったな、と気付きました。

子どもの頃はススキはいたるところにあって、ススキのあるところで遊んでは、よく手を切ったりしていたのに、大人になって、東京に暮らすようになってから、触れるどころか、見る機会すらめっきり減りました。というか、東京で見かけたことが本当にあるのか記憶が定かでないのです。北千住の川っぺりに住んでいた頃は見かけた気がしますが、それすらもう10年以上も前のこと。

ススキは多年草で株が大きくなるのに時間がかかりますから、長い間原っぱの状態におかれているところでないと育つことができません。東京には、そんな何年も放置された原っぱなんてほとんどないから、見かけることが少ないのでしょう。確かに空き地はいっぱいあるけれど、家や駐車場になるまでの間の空き地ですから、ネコジャラシなんかは茂っているけれど、ススキが育つまでは至らない。

娘は、日常的にススキを見ることのない風景の中で育つのだよなあと改めて思いました。秋を連想する時、娘の精神風景の中には恐らくススキは入ってこない。当たり前だけど、同じ日本でも、世代によって風景も、季節の捉え方も、全然別のものになっていくのだよなあと思ったのでした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 身体
感想投稿日 : 2010年10月18日
読了日 : 2010年10月18日
本棚登録日 : 2010年10月18日

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