還るべき場所 (文春文庫 さ 41-3)

著者 :
  • 文藝春秋 (2011年6月10日発売)
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感想 : 139
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「山岳小説の名作」という評判に違わぬ作品であった。ラストに近づくに連れて、手に汗握るようなスリリングな展開を見せ、作品世界に引き込まれていった。
本作品は、2008年発刊の作品ということで、登山の戦術・技術・装備に関しては現在と大きな違いがなく、最新の登山状況を踏まえていると思われる。
本作品で主に取り上げられるのは、ヒマラヤ8000m峰ブロードピークの公募登山での出来事であり、ヒマラヤ公募登山の実態や問題点が示されていて、興味深い内容だ。公募登山に関しては、金で登頂を買うなどの批判的な意見もあるが、作者は肯定的に取り扱っている。

主人公は、学生時代にK2東壁を登攀中に、恋人であり、ザイルパートナーでもある栗本聖美をロープの切断によって失った八代翔平。
翔平は、聖美がロープで宙吊りになった時に、翔平を助けるために自らロープを切断したのではないかという疑念を持ち続け、それ以降、山から遠ざかり、世捨て人同様の生活を送るが、学生時代の岳友、板倉亮太が企画するブロードピークの公募登山隊のサポート役で参加することになる。
それ以外の主要登場人物は、竹原充明と神津邦正。
竹原充明は学生時代にK2登山に参加しており、その際にメンバーの雪崩遭難を目撃し、それがトラウマとなって、登山から離れるが、勤務している会社の会長である神津の要請により、登山を再開し、その繋がりでブロードピーク公募登山隊に参加することになる。
神津邦正は心臓のペースメーカーを製造する会社の会長であり、自身もペースメーカーを装着しており、人生の夢として、8000m峰登頂を追求している。

ブロードピーク登山が開始されると、様々なトラブルに遭遇する。特に、自ら先行して登ろうとはせずに、他の登山隊が張った固定ロープを無断で使用したり、デポしてある酸素ボンベを盗んだりする、アルゼンチン三人組の存在が厄介。先行するアグレッシブ2007隊が悪天候に捕まって、救助が必要となるなど、次々と起こる障害や試練を、翔平たちは、勇気と決断で乗り越えていく。金銭を対価として契約でつながっているだけの公募隊が、一致団結して、危機を打破するようになっていく。第4キャンプへの下降中に、致命的とも言える事態が判明するが、それを打開する翔平のアイデアが実にすばらしい。

作中で、神津と竹原らが、山と人生に関わる問答を行っており、含蓄のある内容で、興味深い。
終章で、翔平は4年間背負い続けた負い目から解放される。このラストの場面も印象的だ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2016年9月12日
読了日 : 2016年9月12日
本棚登録日 : 2016年9月12日

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