調査されるという迷惑: フィ-ルドに出る前に読んでおく本

  • みずのわ出版 (2008年4月8日発売)
3.80
  • (15)
  • (22)
  • (22)
  • (1)
  • (1)
本棚登録 : 464
感想 : 32
4

長いこと読みたい本リストには入っていたが、今あれを読むべきだなというタイミングが来た。

フィールドに出る前に読む本、という表書きがあるが、フィールドに出なくともひとの生活の上に作られたものを読む人は読んでおくべきものだ。特に第一章の宮本常一「調査地被害」は肝に銘じるべき内容であった。

人が人を調査すること。学者先生が古俗をのこした地域の生活を記録する。中央による侵略であるということ。精神的な侵略と実際に行われた略奪についての言及。

南の島の怒りの言葉では、Coccoの「三村エレジー」の歌詞を思い出した。
「イザリバチョーデー(行き逢えば兄弟)信じて開けたら 根こそぎ盗られて 裸」

わたしの住む愛媛県でも縄文時代の犬が埋葬された状態で発掘され、慶応大学に引き取られてどこにいったんだかわからなくなり、最近になってそれらしきものが見つかったという話があった。
「中央のエライ先生」はこんな未開の田舎に貴重な発掘物を残しておいても取扱がわからないだろうから文明人のおれたちが保存してやらなければと親切にも考えてくださったのだろうか。同じ発想で各地から整理しきれないほどのものを持ち去っていたのだろう。
出土品は発見した人の成果物だという考えもわかるのだけれど、わたしは出土品ははその土地の記憶であり遺品だと考える。埋葬されていたのであれば、できれば地中に戻して眠っていてほしい。研究のために埋め戻すことができないのであれば、せめてその地にあってほしい。大英博物館だってツタンカーメンのマスクをエジプトに返還したのだ。
この縄文犬のケースではそもそも持ち去るだけ持ち去って適切に管理していなかったのだから、なにほどの親切心があったとしても略奪という強い言葉が相当するように思う。そしてこの一例をもってしても、中央の権威ある研究者がいかにして地方を蹂躙するかというのも想像がつく。

しかしわたしもフィールドワークの成果物を好んで読む点においては同じ穴の狢なのだ。ひとの生活を外から眺める。いやらしいといえばいやらしい趣味である。
この分野を覗き込むきっかけは越後三面が廃村に瀕したことで調査され書かれた本を読んだことで、そこにはむらびとの「ダムに沈んで失われるむらの生活の記録を残したい」という強い意志があったために疑問に思わなかったのだ。しかしその後生きた村に関する調査を読むにつけ、自分の好奇の目はそこに生きる人を標本のように見ているのではないかと居心地の悪い想いが湧き出てきた。

映画「サーミの血」で、サーミ人の骨格を無遠慮に計測する研究者が、被検者たる主人公から発せられた「何をしているの、何のために?」という当然の問いに答えもしないシーンがある。それはサーミ人には理解ができないという当時の価値観ゆえというよりも、かれは答えをもたなかったのではないか。日本国内でも特定地域の似た調査結果を読んだことがあり、体質人類学というようだが、おそらく現代では下火になっている分野ではないだろうか。遺伝子情報が読める時代にひとりひとりの身体的な差異を見出そうとすることはナンセンスだ。同じように、古俗の記録もまたナンセンスになる時代がくるのではないだろうか?

この著者の本を読むと古来の生活様式を強固に守り続けることを好しとする考えが窺えるのだけれど、好きな考えではない。その土地に生まれた人を縛り付ける呪いになりかねないからだ。わたしのような怠惰な人間は楽な生活があるならそちらのほうがいい。個人の選択は自由であるべきだし、個人の選択の結果によって古い生活様式が失われていくのであればどうしようもない自然の流れではないか。失われるからこそ残っているあいだに記録することが研究として成立するとも思う。

しかし、文化の均質化を望んでいるわけではないのだ。古俗を守る集落があり、そこに開花の波にとりのこされた、貧しい、遅れた、未開の地というレッテルが貼られ、そこに住む人に引け目を与えたと知ると憤りを覚える。異俗があり、構成員の流出入があればよいのに、と思う。現実的ではない夢想だけれど、かりにそれが成立したとして、構成員の流出入があれば当然に文化は変質してゆく。しかし生活様式を守るために生きてゆくのでは本末転倒だ。
とりとめもないことを書いていて思い至ったが、わたしは今の生活にそれなりに満足しているけれど、理想ではない。不満だって山ほどあるのだ。生きていく上でどのような生活様式をえらぶのか、その可能性として、先人の記録から学んでゆければよいと思っている。言い訳じみているけれど、教えを乞うている、それを忘れなければ、この罪悪感はいくぶん和らぐだろうか。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 民俗・文化
感想投稿日 : 2020年7月24日
読了日 : 2020年7月24日
本棚登録日 : 2020年7月24日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする