困ってるひと

著者 :
  • ポプラ社 (2011年6月15日発売)
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本棚登録 : 3577
感想 : 767
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ポストゼロ年代ゲンロンブームで、大野更紗の名前は知っていたし、現代思想やBSフジの情報番組で、障害当事者なんだけどシニカルなモノのいい方が気になっていたわけだが、忙しさを理由に未読でいたのだが、ポプラ社文庫版が発売された事をきっかけに購入し、一気読み。

 話そのものは、障がい者当事者による壮絶闘病記に過ぎないし、医療者である自分としては目新しい事はないのだが、病状が重い事もあってか、文章に力が抜けている感じがちょうど良いし、何より医療者や家族・友人に至るまで、鋭い人間洞察によるユーモアのある文章の展開が魅力で一気に読む事ができた。

 そして、患者の立場で書かれた文章が気づかせてくれる事は多い。

・患者さんは、医療者という未知の存在に対して、イケメンであったり、手技が巧いというものを求めており、ときに誇大妄想しているという事

・患者さんは主治医の事を信頼しており(信頼しないと入院生活を送れないという言い方が正しいのかもしれない)、主治医が「患者さんの困っている事」を知ろうとしない(または、日常の経験慣れのために、想像する事ができない)ことで傷ついたり、諦めを与えたりする事。

次の一節
「医師は、患者のデイリーライフにおける「難」を、病院内の世界だけで判断している傾向があると感じ始めていた。」

ほとんどの医師は、研修病院で急性期を中心とした総合的なスキルを学び、専門に進む。これが、医師として成長していくシステムのデフォルトである。慢性医療に携わることや、在宅医療に進むことは、デフォルトの医療の中にはほぼ存在しない。急性期病院で忙しく働く中で、「医師意見書」がいきなりやってくる。それが、患者のどのような援助になるのか、どう書けば患者さんにとって利益になるのか、多くの医師はわからないまま〆切までに書く事を求められてしまう。

 「先生たちの脳内の「シャバ暮らし」のイメージは、せいぜい高度経済成長期、はたまたバブル時代くらいで止まっているということだ。・・・たいてい、献身的に支える妻、優秀な子供たち、ホームドラマにそのまま出てきそうな「ご家庭」持ちである。勤務医は激務ゆえ、時給換算するとぜんぜん高給取りではないのだが、社会的ステータスや価値観はやっぱりブルジョワっぽい。昭和の「三丁目の夕日」のような、ノスタルジーの幻想につかりまくっているような気がする」

中略

「聖なるパパ」たちは、誇り高く、頑固で、ちょう頑張っちゃう人たちである。ひとは誰しも、自分が「主人公」だ。先生たちにとってわたしは、超ガンバって制作した「悲劇的で美しい作品」なのかもしれない。だから、障害や福祉について、それがわたしにとって生死を分ける問題であるにもかかわらず、軽視し敬遠する。

ずばっと直球の指摘。筆者は、文章の中で何度も主治医に対する感謝を述べているし、医師のキャラクターもおそらく好意的にデフォルメされて描いている。ほぼ全編に渡って、重い病気の暗い闘病を感じさせない、テンション高く突っ走ったタッチで描かれているのだが、随所に今の医療・福祉制度や病院の構造的な問題に対する怒りが垣間見える。それも直球。

「困ってるひと」の感想からだんだん外れてきたが、医者の話。医者でも、政治家でも、(教師でも?)そうなのだが、早くから「先生」と呼ばれる職業は、社会常識が育ちにくいんじゃないだろうか? 病院でも、指示系統はすべて「医師→看護師」だし、そこに経験は関係ない。医師が自分の仕事を自分で規定する事なく「マニュアル」ができているために。特に在宅・ソーシャルワーク的な「多職種が関わる事が要求され、地道に時間をかけて進めなければ行けない事」に弱い。そもそも、大学の医学部って単科の事も多いし、総合大学でも部活は「医学部」だけ別だったりするし、そもそもが閉鎖的な社会なのである。生死に関わるという職業的特質性ゆえの保守性もあると思うが、私はそのような保守性に違和感を覚える。
 
 医師の学会は、細かく専門化されており、学際的かつ領域横断的な学会は少ない。
 
 きっと、こういう問題って、永田町にも、学校の中にも、原子力ムラにも共通しているんじゃないかなあ。

 最近、行きつけの飲み屋に行っていて良く思う。飲み屋で知らない人と語らう事はとても豊かだ。本来の下町の共同体である、八百屋の○さん、魚屋の×さん、金物屋の△さんっていうくくり。ネットでつながる共同体、シェアハウスで目的を同じくする共同体。

 荻上チキと大野更紗が立ち上げたメルマガ「困ってるズ」も、障がい者当事者のゆるやかな連帯として期待している。
 

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2013年3月8日
読了日 : 2012年9月18日
本棚登録日 : 2012年2月8日

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