東京都世田谷区といえば、23区最大の人口(90万人弱)を抱える巨大都市であるが、かつては江戸御府内の外にあり、ほとんどが農村だった場所である。江戸時代、世田谷には彦根藩井伊家の飛び地が存在し、もともとこの土地に土着していた大場家が代官を世襲していた。その大場家には、いくつかの日記が残されており、本書はその内容をもとに幕末維新期の江戸近郊農村の姿を描いたものである。
中でも面白いのは、代官の妻、大場美佐の記した日記である。妻の日記というと家の中の私的な出来事を連想するが、思いの外、村内の出来事や、井伊家とのかかわりなども丹念に記録されていることに驚かされる。世襲であるからには、もし当主が急死した場合、経験の乏しい者を後継に当てる場合もあろう。実際に美佐の夫与一は39歳の若さで亡くなり、美佐の弟を養子に迎えている。そうした場合、妻の役割がきわめて重要だったことを本日記は示しているともいえそうだ。
それにしても、井伊家上屋敷のある桜田門と世田谷は、かなりの距離がある。何かあれば、桜田屋敷に駆けつけなければならない世田谷領の人びとの苦労は大変なものだっただろう。
幕末維新史を描いた本は無数に存在するが、井伊家の代官領という特殊な立場にあった世田谷領から見た本書は、非常にユニークな視点を提供しており、一読を薦めたい。
読書状況:読み終わった
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カテゴリ:
日本史
- 感想投稿日 : 2013年6月7日
- 読了日 : 2013年6月7日
- 本棚登録日 : 2013年5月29日
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