スイス文学の至宝、不条理喜劇文学のデュレンマットの中編集が文庫になっていた!どれも面白いのだがお気に入りはミステリ仕立ての『故障』。デュレンマットは言う。かつて大災害は神の怒りか運命が引き起こすと何となく信じられていた。しかしアウシュビッツや原爆投下以降、それは故障、つまり人間のちょっとした手違いで起きる原爆工場の爆発のようなことが人類滅亡を招くと人々は知った、と。車の故障のため田舎町で老人の家に泊まった男。夜になると家主の友人たちが集まってきて裁判ゲームをやろうと言い出す。家主は元裁判官で友人は元検事、元弁護士…昔を懐かしむのだ。男が被告人となってゲームは始まる。極上のワインを飲んで酔った男は自分がサラリーマンとして成功してきたことをご機嫌に話し出す。検事は男の元上司が急死した話を聞き出し男の成功自慢と上司殺しの話を巧みに繋げて弁じる。男は自分が巧妙に邪魔者を消し成功を手に入れていくその話に舞い上がり、その通りだ!を連発。遂には死刑判決が下る。多くの話はこの死刑が本当に執行されるというサイコホラーなのだが、ここは少し違う。彼は高揚した気分のまま部屋で自殺してしまうのである。本当に執行しようとしていた家主たちは翌朝遺体を見つけて勝手に死んだことを憤り、話は終わる。人間の故障。現役時代への郷愁が過剰なリアリズムを生み、小市民が自分の人生を劇的ストーリーに捉え直してもらって異常な喜びを感じる。いずれも承認欲求。自分の人生が本物に見えてきた!と男は感激して皆んなに感謝し、そして英雄らしく死にたいと考える。故障した社会は現代社会を投影している。登場人物は一見皆異常者だが自分にも思い当たることだらけだ
- 感想投稿日 : 2020年11月15日
- 読了日 : 2020年11月15日
- 本棚登録日 : 2020年11月15日
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