文庫 銃・病原菌・鉄 (下) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫 ダ 1-2)

  • 草思社 (2012年2月2日発売)
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 なぜ世界が今あるような力関係になっているのか、歴史的、生物的な視点で紐解いていく、ベストセラーの下巻。
 全体的な話は上巻の感想と共通するので、下巻の中で興味深いと思ったところのメモ。第12章から始まる下巻は、まず「文字」の話で、どういう社会、状況で文字は生み出されたのか、という話。特に「セコイヤが考案したチェロキー語の音節文字」(p.39)が詳しく紹介されているが、まず「音節文字」はマヤの文字、ミケーネ文明の線文字Bなどもそうだ(p.28)というのが発見だった。文字の本も、マヤ文字の本も読んだことあるはずなのに、忘れている。あとはこのセコイヤという人はすごい。現代日本人は当たり前のように文字を見たら音声に変換してしまうし、逆に聞いた言葉は文字化できる訳だけれども、言葉があるから世界は分けられる、という考え方があるように、「セコイヤは、チェロキー語には有限個の音の要素があって、どの単語もそれらの要素の組み合わせて構成されていることに気づいた」(p.38)ということが、考えてみれば当たり前だけど新鮮だった。文字の話のつながりでは、「日本人が、効率のよいアルファベットやカナ文字ではなく、書くのがたいへんな漢字を優先して使うのも、漢字の社会的ステータスが高いから」(p.72)というのは、本当にそうなのだろうか。例えばこのレビューを全部分かち書きしないでカナで書いたらものすごい読みにくいと思うんだけど。表語文字のメリットは数の多さによって生まれるデメリットより大きい、と感じてしまうのは、おれが日本人だからなのだろうか。
 あと、「『必要は発明の母』という錯覚」(p.62)の話が面白い。「実際の発明の多くは、人間の好奇心の産物であって、何か特定のものを作りだそうとして生みだされたわけではない。発明をどのように応用するかは、発明がなされたあとに考えだされている。」(p.62)ということと、そこに続く例(飛行機、自動車、内燃機関、電球、蓄音機、半導体)も、誰かが何か明確な意味や目的があって作り出したものではない、というのは目からうろこ。「発明好き」なおじいちゃんの訳分からん発明を面白がる番組があったが、ああいうことをしてみることが重要ということなのかもしれない。
 オーストラリア先住民が「生きたディンゴを毛布代わりに使った」(p.181)ということから、「とても寒い夜」を意味するイディオムでfive-dog nightというのがある(同)らしい。手持ちの辞書にはなかったけど、どれくらい使えるイディオムなんだろう。
 そして、「マダガスカル島からイースター島までをカバーする範囲に分布しているオーストロネシア語ファミリーの言語は、すべて台湾から広がり始めた人間集団の拡散がもたらしたもの」(p.243)だそうで、だとすれば台湾は人類の中の1つの大きなグループ発祥の地、というすごい土地という感じがする。
 それから、おれが受けた比較言語学の授業は、ほとんど印欧祖語の再建の話だったけど、「バンツー祖語を話していた人びとの問題も、英語の祖語の発祥地を推論したのと同じ手法を使って言語学的に考えることができる。それによると、現在アフリカ全土に拡散している約二億人のバンツー族は、カメルーンやナイジェリアのあたりから広まっていったことがわかる。この結論は、言語学的な考察なしに求めることはできなかったと思われる。」(pp.332-3)だそうで、言語学の成果がこういう人類学に活かされるという例をもっと教えて欲しかった。(おれが勉強すべきだった。)
 あとアフリカの話は意外なことがたくさんあったけど、その1つは「西アフリカの人びとは、そういう飲み物をコカコーラ社が売りはじめるはるか以前から、コーラナッツの実を口の中で噛みくだいて、成分のカフェインを一種の麻薬として使用していた」(p.337)らしい。コーラナッツというものも初耳。コーラっていかにも人工的な味、と思っていたのに。もう1つ、「銅の冶金技術が発展するかたちで鉄の冶金がアフリカで独自にはじまったとも考えられる。(略)十九世紀ヨーロッパやアメリカでベッセマー溶鉱炉が使われるようになる二〇〇〇年も前に村の鉱炉で高熱を発生させ、鋼鉄を製造する方法を知っていたのである。」(pp.352-3)ということで、事実だとすれば、これは本当に驚き。
 最後に、色々な好条件がそろっている中国が、なぜヨーロッパにリードを奪われてしまったのか、という話で、「地域の地理的結びつきが強かったことがかえって逆に作用し、一人の支配者の決定が全国の技術革新の流れを再三再四止めてしまうようなことが起こった。」(pp.385-6)という、人口が多くて団結しているのは良いことだ、ということでも全くないらしい、ということで、謎解きの最後の最後まで面白さの味わえる本だった。
 謎解きが終わって、「科学としての人類史」という部分では、科学としての歴史研究と、一般的に言われている科学との類似点や相違点を説明し、「歴史科学」の可能性について述べられている。文理問わず読むべき本、という感じがする。(20/03/31)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 文庫
感想投稿日 : 2020年3月31日
読了日 : 2020年3月31日
本棚登録日 : 2020年3月31日

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