『血肉となっている思想を疑う』
時代の宗教は「それを宗教だと思っている人がいない」ことが特徴らしい。
あまりにも浸透した思想は「それが数ある考え方の一つに過ぎない」ことを忘れらてしまうからだ。
日本人の多くは自分のことを無宗教だと感じている。
もしくは日本人は「日本教徒」だという人もいる。面白い意見だとは思うが僕はちょっと違う風に考えている。実は日本人は儒教の信者なのだ。
学校で授業がある「道徳」。
この言葉は道教の「道(タオ)」と儒教の「徳」を組み合わせてできている。
言葉だけここから取ってきたのではなく、日本人の道徳心そのものが儒教の思想に彩られている。
あまりにも血肉化しているため、自分たちの考えが「宗教」によって作られたものに気付くことができないでいる。
論語で語られる思想は根本的に差別が含まれている。
君子と小人は生まれながらに決まっており、小人は決して君子になることができないとはっきり言っている。
これは人を生まれで差別する危険な考えだし、法治国家である日本で許してはならない思想だと僕は考える。
儒教に潜む問題点を三国志を舞台に描いた『蒼天航路』と一緒に読んでほしい。
読書状況:読み終わった
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カテゴリ:
機能脳科学
- 感想投稿日 : 2011年12月13日
- 読了日 : 2011年12月12日
- 本棚登録日 : 2011年12月13日
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