忘れられる過去

著者 :
  • みすず書房 (2003年7月1日発売)
3.87
  • (15)
  • (15)
  • (14)
  • (2)
  • (1)
本棚登録 : 150
感想 : 16

詩人の荒川洋治は、近代日本文学の研究者でもあり、文学をめぐるショート・エッセイの名手でもある。彼のエッセイは、単行本にして4ページ以内のものが多く、センテンスも短いから、鞄の中に入れて持ち歩いて、ちょっとした空き時間に読むのにちょうどいい。「文学」が持つ静かな佇まいや奥行きを感じさせながらも、自我を偏重せずに視線が外に向かって開かれているから心地がよい。というわけで、どんどん読めるものだから、これまでに読んだ彼のエッセイ集を数えてみたら本書が5冊目だった。各編の所々には教訓と呼んでもいい人間に対する洞察がオチのように付いていて、少々巧くまとまり過ぎているものだから、ずるいな〜と思いもするのだけれど、それ以上に、文学が好きなんだな〜、世界が好きなんだな〜と思えるから悪い気はしない。『一冊の本を手にするということは、どうもそういうことらしい。自分のなかに何かの「種」、何かの「感覚」、おおげさにいえば何かの「伝統」のようなものが、芽生えるのだ。それはそのときのものとはならないにしても、そのあとのその人のなかにひきつがれるものだから軽くはない。流されもしない』『なぜなら文学はいまの人たちが関心をもつ世界だけを相手にはしない。もっとひろいところに対象を定めて、人間というものをひろくふかく語っていこうというものだからだ』『「詩のことばはフィクションである」という理念を放棄したとき、詩はあたりさわりのない抽象的語彙と、一般的生活心理を並べるだけの世界へとすべりおちる。「詩のことばはすなわち散文のことばである」とみられることへの恐怖心を、とりのぞく。そこから新世紀ははじまるべきだろう』。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: エッセイ
感想投稿日 : 2011年9月30日
読了日 : 2011年9月13日
本棚登録日 : 2011年9月30日

みんなの感想をみる

ツイートする