沈まぬ太陽〈2〉アフリカ篇(下) (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2001年11月28日発売)
4.01
  • (693)
  • (635)
  • (600)
  • (31)
  • (7)
本棚登録 : 5236
感想 : 307
4

1.著者;山崎豊子さんは、小説家です。大阪の老舗昆布店に生まれ、毎日新聞に勤務後、小説を書き始めました。毎日での上司は作家の井上靖氏で、薫陶を受けました。19歳の時に、学徒動員で友人らの死に直面し、「個人を押しつぶす巨大な権力や不条理は許せない」と言っています。社会派小説の巨匠と言われ、権力や組織の裏側に迫るテーマに加え、人間ドラマを織り交ぜた小説は、今でも幅広い世代から支持されています。氏の綿密な取材と膨大な資料に基づく執筆姿勢はあまりにも有名です。「花のれん」で直木賞を受賞後、作家業に専念し、菊池寛賞や毎日文化賞を受賞しています。
2.本書;3編(アフリカ篇2冊、御巣鷹山編1冊、会長室編2冊)の内のアフリカ篇 下です。主人公の恩地は、航空会社の労働組合委員長として、会社と対峙した結果、カラチからアフリカまでの左遷(報復)人事という非道な仕打ちを受けます。家族との別離、孤独を支えたアフリカ、理不尽な“現代の流刑”に耐える恩地と家族を描いています。この小説のモデルは日本航空です。氏が多数の関係者にインタビューした緻密な小説で、“事実に基き再構築”したと言っています。一方、日本航空経営陣は、この小説に強い不快感を示し、雑誌連載中は日本航空内での当該雑誌の扱いを中止したそうです。
3.私の個別感想(気に留めた記述を3点に絞り込み、感想と共に記述);
(1)『第7章 テヘラン』より、「(恩地)組合の委員長として、二期二年職場の不平等を正し、空の安全を守る組合員の為に、公正な賃金を要求しただけではないか。それを会社は“左翼分子” “アカ”のレッテルを貼って、僻地を盥回しにし、今また遠く海を隔てた、アフリカの大地へ押し流そうとしている。まさに流刑に等しい。明らかに会社に楯突く者への見せしめの人事に他ならない」
●感想⇒労働組合は、組合員の生活安定の為に、労働条件向上の要求をします。経営者は株主や社員等への責任を果たす為に、会社を永続的存続させる施策を推進しなければなりません。その監視役の一つが労働組合です。労使には会社と社員の持続的成長の為に、真摯な協議と判断が求められます。恩地は労組委員長として、当然の行動をしただけなのに、海外の僻地に盥回しにされるという非道な仕打ちを受けます。そして、「ここまで追い詰める会社に対し、怒りを通り越して、人間の汚さへの絶望を感
じた」と言います。経営者の中には常識人もいるでしょう。しかし、この会社の経営体質は腐りきっていると思います。労使関係が良好でない会社に未来はありません。真摯に勤める社員を思うと、怒りというよりも情けなさが込みあげるばかりです。
(2)『第8章ナイロビ』より、「(恩地)命がけでやる仕事の場を与えられた人間が、心底、羨ましかった。人間にとって、やり甲斐のある仕事を与えられないことほど、辛いものはない」
●感想⇒やり甲斐ある仕事に携われば、幸せに決まっています。では、やり甲斐ある仕事とは何か?やり甲斐は仕事人の考え方によって、決まってくると思います。職業に良し悪しはありません。どんな仕事でも社会にとって必要性があります。会社は“開発・製造・経理・保安・・・等”貴賤上下なく必要です。全員が協力して、社会貢献しているのです。これこそが仕事のやり甲斐の源なのです。
(3)『第8章ナイロビ』より、「人命を預かる航空会社の、安全に対する使命感が欠如し、パイロットが不足していることを承知しながら、利益優先の路線拡張を推し進めるその無節操な経営姿勢を、一挙に露呈したのが、ボンベイの誤着陸事故であったのだ。・・・会社側の意を汲んだメンバーだけがホテルに缶詰になって、事故原因の作文を強いられた。組織の中で節を全うする事は難しい。いつかは追い詰められ、最後まで筋を通すためには、自己を犠牲にしなければならない」
●感想⇒モノづくりには、“S(安全)Q(品質)C(コスト)D(納期)”が重要であると教えられました。安全が第一に確保されない企業に存在価値はないのです。それでも、軽微な災害隠しは日常茶飯事でしょう。私は、「事実の前には謙虚になれ、隠し事は露見すると多大な損失を被る」と教えられました。この小説の会社は、利益優先の為に、隠蔽工作する体質です。それでは、信用という金銭では買えない財産を失います。顧客は早晩、このような企業を見限るでしょう。
4.まとめ;主人公の恩地は労働組合の委員長に担ぎ上げられたばかりに、会社から不遇の報復人事を受けます。一方、同志だった副委員長は会社に寝返り出世街道を進みます。言葉がありません。この会社の姿勢は、法的に擁護されている労働組合を潰そうと行動しているのです。これは経営者というよりも体質の問題です。昨今、企業では内部通報制度や風土改革などの体質改革を実施していると聞きます。表面的な対策よりも心の通った施策の推進が望まれます。経営者は、『言うは易く行うは難し』を肝に銘じなければなりません。今にも、山崎さんのペンの怒りが聞こえてくる気がします。( 以 上 )

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年10月16日
読了日 : 2021年8月11日
本棚登録日 : 2021年8月11日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする