沈まぬ太陽〈5〉会長室篇(下) (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2001年12月26日発売)
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1.著者;山崎氏は小説家。大阪の老舗昆布店に生まれ、毎日新聞に勤務後、小説を書き始めました。上司は作家の井上靖氏で、薫陶を受けました。19歳の時、学徒動員で友人らの死に直面。「個人を押しつぶす巨大な権力や不条理は許せない」と言っています。社会派小説の巨匠と言われ、権力や組織の裏に迫るテーマに加え、人間ドラマを織り交ぜた小説は、今でも幅広い世代から支持されています。綿密な取材と膨大な資料に基づく執筆姿勢には定評があります。
2.本書;国民航空の労組委員長だった恩地(主人公)を通して、人命に係る航空会社の倫理観を問う社会派作品。恩地は会長室の部長に抜擢され、改革を進める。会社の腐敗構造が暴かれるという企業の暗部に迫る最終巻。山崎氏は、「御巣鷹山墜落事故の後も、ドルの十年先物予約を続け、膨大な為替差損を出しながら、閣議決定によって、経営責任を問わずという政治決着をつけた事は、企業倫理の欠如であり、事故に対する贖罪の意識の希薄さは言語に絶する」と結ぶ。
3.私の個別感想(心に残った記述を3点に絞り、私見と共に記述);
(1)『第9章 流星』より、「(和光監査役)無責任体質と派閥人事が横行している社内では、良心に基いて、監査を行う事は、非常に勇気がいる事であった。・・(そこで)“五シンの戒め”を自らの言葉で記し、座右銘とした。『①私心を捨てる ②保身を捨て使命に生きる ③邪心を捨てる ④野心を捨てる ⑤慢心を捨てる』、この“五シンの戒め”をもって、公正に職務を行おうとすると、周囲からそれとなく疎外され、孤立して、会社が抱えている重大な問題が真剣に議論されることはなかった」
●感想⇒監査役の役目は、会社が法令違反をしないように監視する事です。和光は“生え抜き”であり、監査役と言っても周囲の甘え(仲間意識)を払拭出来なかったと思います。日本の監査役は、“ポスト枠で役員になれない者”或いは“退任役員の褒美”という性格がありました。私が知る会社も、現在でもそうした慣習が続いていると聞きます。ここで言う、“五シンの戒め(①私心を捨てる・・)”は、非常に立派な考え方ですが、実践できる人はそれ程いないでしょう。従って、組織という人間集団で、目的を達成するには、根回しも必要です。自分で見えていない独り善がりでは賛同を得られません。
(2)『第10章 射る』より、「(主人公の恩地)日夜、骨身を削って再建に取り組んでおられる会長と、新設された会長室の在り方を、よくもここまで貶める事が出来るものです、『日本ジャーナル』という一応、硬派の雑誌の、しかも、記者の真面目な取材態度を信じた私の不明です。川田室長が直ちに、次週分の掲載中止を申し入れております、それにしても、ここまで意図的な記事になるのは、社内の一部派閥と、マスコミが繋がっている証拠に他なりません」
●感想⇒私は、マスコミをあまり信用していません。興味をそそる雑誌記事、テレビのワイドショー等は、その典型です。10年程前に、厚生労働省の女性局長逮捕の事件がありました。マスコミは挙って検察の筋書に乗り、彼女を犯人扱いしました。その後、主任検事の不正が暴露されるなど、無実が確定しました。逮捕当時は各社とも局長の不正関与を大きく報じたのに、無実後は鳴りを潜めました。ミスジャッジはあるとは言え、捜査を疑問視する視点がかけていたと言わざるを得ません。マスコミ記事を公正に判断する為に、多角的な分析力を養い、冷静な眼で見たいものです。思い込みは危険です。
(3)『あとがき』より、「多くの人の生命を預かり、何よりも人間愛を優先しなければならぬ航空会社であるからには、その非情さは許されない事であり、人間性の破壊である。この人間的な要素が複雑に絡み合って、事故を引き起しやすい素地に繋がっている」
●感想⇒会社を評価する時に、財務数値に眼がゆきがちです。企業の使命は、関係者(社員・株主・国家・地域社会・・)への貢献です。社会の公器なのですから、もっと多面的に定性的なモノサシでも測るべきです。そこで、会社を統率する経営者の資質は重要になります。経営者と言えども、所詮人間なので欲望もあるでしょう。しかし、前述の“五シンの戒め”をもって、役割に徹し、会社の存在価値を問い続けなければなりません。企業存続の条件は、財務でもなければ、品質・技術でもありません。お客様と社員の安全確保である事を、経営者は肝に銘ずる事です。命は何にも替え難いのですから。
4.まとめ;「沈まぬ太陽」全五巻の最終コメントです。読み応えがありました。第三巻「御巣鷹山篇」は涙無くして読めない程、胸を打たれました。山崎氏はあくまでも「フィクション」と言っています。それなのに、この作品の週刊誌への連載・映画化に対し、日本航空経営陣が強い不快感を示し、雑誌連載中は日本航空機内での、この週刊誌の扱いを取りやめていました。“火の無い所に煙は立たぬ”と言います。大人げない対応ですね。日本航空の浄化を期待します。山崎氏の言葉、「今回は非常に勇気と忍耐のいる仕事であったが、その許されざる不条理に立ち向かい、それを書き遺す事は、現在を生きる作家の使命だと思った」に感銘。後世まで読み継がれて欲しいと願います。(以上)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年4月28日
読了日 : 2021年9月12日
本棚登録日 : 2021年9月12日

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コメント 2件

shukawabestさんのコメント
2022/04/29

shukawabestです。夜分遅くにすみません。僕もこの作品は3度ほど読みました。映画も観ました。素晴らしい作品だと思います。山崎豊子さんの執念と、主人公・恩地さんの無私の人柄と行動に畏敬の念を禁じ得ません。
数年前に読んだきり、細部は忘れてしまっているので、またいつかぜひ読み返し、レビューを書いてみたいと思います。
未読の「重力ピエロ」とともに、レビューを打っている自分を想像しワクワクします。

今回はありがとうございます。

ダイちゃんさんのコメント
2022/04/29

shukawabestさん、“いいね&コメント”、ありがとうございました。私は労組関係の仕事をした経験があり、想像を絶する内容に驚きました。権力に屈しない、山崎さんのような書き手を失い残念です。shukawabestさんのコメントは励みになります。今後もよろしくお願いいたします。

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