掏摸(スリ) (河出文庫)

著者 :
  • 河出書房新社 (2013年4月6日発売)
3.49
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本棚登録 : 6235
感想 : 628
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1.著者;中村氏は小説家。大学卒業後、フリーターを経て、「銃」で新潮新人賞を受賞し、作家デビュー。作風は、ドフトエフスキーやカミュ等の影響を受けて、重厚で陰鬱と言われています。幼い頃は、ほとんど読書せず、高校生になってから孤独に陥り、小説と出会ったそうです。「遮光」で野間文芸新人賞、「土の中の子供」で芥川賞などを受賞。作品は海外でも評価が高く、翻訳出版。デイビッド・グーディス賞(米文学賞)を受賞。
2.本書;西村(主人公)は、東京でスリを生業にしている。登場人物も裏社会の人ばかり。西村は、木崎という闇社会の男と出会う。木崎は他人を支配する事に喜びを感ずる悪人。木崎の指示に翻弄されながら、破滅へと向かう主人公を通じて、不条理な世界を描いている。本書は大江健三郎賞受賞。ウォール・ストリート・ジャーナル誌で、2012年ベスト10小説に選ばれた。18章の構成。
3.個別感想(印象に残った記述を3点に絞り込み、感想を付記);
(1)『第12章』より、「この人生において最も正しい生き方は、苦痛と歓びを使い分ける事だ。・・・悶え苦しむ女を見ながら、笑うのではつまらない。悶え苦しむ女を見ながら、気の毒に思い、可哀そうに思い、彼女の苦しみや彼女を育てた親などにまで想像力を働かせ、同情の涙を流しながら、もっと苦痛を与えるんだ。たまらないぞ、その時の瞬間は!世界の全てを味わえ。お前がもし今回の仕事に失敗したとしても、その失敗から来る感情を味わえ。死の恐怖を意識的に味わえ」
●感想⇒木崎(極悪人)の言葉です。「同情の涙を流しながら、もっと苦痛を与えるんだ。たまらないぞ」を読むと、常識人とは思えません。❝同情したら、優しい言葉の一つでもをかけたい❞と思うのが人間です。西村は木崎に目を付けられ、無理難題を押し付けられて、悲運の最期となります。悪人と言われる輩は何処にもいます。聞いた話です。ある会社で、某悪人が、徒党を組んで社員に強請りたかりを繰返していたそうです。被害者は、報復を恐れて泣寝入り。しかし、その中の一人が勇気を出し、会社に助けを求め、一緒になって当局に訴え、悪人を退治したそうです。善人は何処にもいるので、一人で悩まずに、相談する事が重要ですね。もっと悪い奴。オリンピックを利用し、大企業の役員を経験した人が、不正を働き、私腹を肥やした事件がありました。善良な国民への裏切りに言葉がありません。
(2)『第15章』より、「僕は、自分が死ぬ事について思い、これまでの自分が何だったかを、考えた。僕は指を伸ばしながら、あらゆるものに背を向け、集団を拒否し、健全さと明るさを拒否した自分の周囲を壁で囲いながら、人生に生じる暗がりの隙間に、入り込むように生きた」
●感想⇒西村(主人公)の言葉です。彼は、不遇なの生い立ちだったと思います。「あらゆるものに背を向け、集団を拒否して生きてきた」とあるように、誰からも疎外されて生きてきたのです。なんとなく主人公の思いが理解出来ます。私も、❝裕福な家庭を嫌悪❞し、自暴自棄になった時期があります。そんな時、幸いにも支援してくれる人に出会いました。有形無形の援助を頂き、今でも感謝の気持ちで一杯です。ある本の一節です。「人には、苦しい、辛い時が必ずあります。そこから逃げずに歩き続けなさい。苦しい、辛い時間は後に君に何かを与えてくれる」と。身に染みる一節です。
(3)『第8&17章』より、「気だるく歩く通行人の中に、母親の脇で万引きをしていた、あの子がいた。・・・生まれた場所で彼の生活は規定され、その押されていくような重い流れの中で、彼は動き続けているように思えた」「母親がお前を手元に置こうとして、お前がそれでもやっぱり家が嫌だったらここに電話しろ。・・・お前はまだやり直せる。何でもできる。万引きや盗みは忘れろ。・・・つまらん人間になるな。もし惨めになっても、いつか見返せ」
●感想⇒西村(主人公)が、“シングルマザー(売春婦)の母親に万引きを強要される少年に、自分の境遇を重ね合わせ、救い手を差し伸べる”くだりです。「生まれた場所で彼の生活は規定され、その押されていくような重い流れ」。人は、生まれた時から、自分とは関係なく、有形無形の差が出来ます。しかし、幸福な家庭に育った人を羨んでも仕方がありません。但し、このケース(母親に万引きを強要)は最悪です。西村は悪の世界で生きているのですが、「もし惨めになっても、いつか見返せ」には、人間性を感じます。私も、シングルマザーに育てられました。自由奔放に生きた母でしたが、筆舌に尽くし難い苦労があったと思います。感情移入もあり、少年に幸あれと願います。
4.まとめ;本書を読んでの感想は、❝難しい本だった❞です。中村氏は、「第16章の部分が、この小説全体の核になっている」と言います。「小さい頃、いつも遠くに、塔があった・・・」と、❝塔❞につて、書いています。❝塔❞は、何かを超越した精神的なものでしょうか。この捉え方は十人十色かも知れません。最後に著者は言います。「この小説は反社会的な内容だけど、残酷な運命の中で生きる個人の抵抗を書いた物語という事になる」に、納得です。作家の伊集院さんが、ご自身の本に書いていました。「小説は何かの答え、結論を見つける為にあるものではない。むしろ逆で、答えがない、もしくは答えが見えない点が、何度も同じ作品を読む行為につながる」と。分かり易く、受けそうな小説は売れるのでしょうが、娯楽本と割切って読んでも、人生の指針にはならないと思います。(以上)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年4月18日
読了日 : 2022年10月28日
本棚登録日 : 2022年10月28日

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コメント 3件

村上マシュマロさんのコメント
2023/04/23

こんばんは、ダイちゃんさん。夜分遅くに申し訳ありません。村上マシュマロです。

ダイちゃんさんの感想を拝読させて頂きました。特に(2)の感想に書かれている、ある本の一節を何度も拝読させて頂き、私もとても共感致しました。
私事になりますが、私は幼少期から近年迄の自分の置かれている環境や病に不満や不安等を持っていました。やはりその中で私を支援して見守って頂いている方々のおかげで今の自分が成り立っています。ダイちゃんさんの身に染みる一節の中にある「そこから逃げずに歩き続けなさい。苦しい、辛い時間は後に君に何かを与えてくれる」。本当にその通りだと思います。

取り止めもないコメントとなり、申し訳ありません。
このブクログを通してダイちゃんさんの感想を拝読することにより、私が読まないであろう書籍を知る事が出来本当にありがたく思います。
今後ともよろしくお願い致します。

ダイちゃんさんのコメント
2023/04/23

マシュマロさん、おはようございます。ダイです。いつも、イイネを頂き、ありがとうございます。今回も、独りよがりな感想にコメントを頂戴し、恐縮しております。マシュマロさんの周囲の人への感謝の気持、いいですね。これからも、よろしくお願い致します。

村上マシュマロさんのコメント
2023/04/23

おはようございます、ダイちゃんさん。コメントへの返信のコメントを丁寧に打って頂き、ありがとうございます。拙いコメントながらも、ダイちゃんさんからの返信のコメントを頂け嬉しいです(^^)

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