1.著者;中村氏は小説家。大学卒業後、フリーターを経て、「銃」で新潮新人賞を受賞し、作家デビュー。作風は、ドフトエフスキーやカミュ等の影響を受けて、重厚で陰鬱と言われています。幼い頃は、ほとんど読書せず、高校生になってから孤独に陥り、小説と出会ったそうです。「遮光」で野間文芸新人賞、「土の中の子供」で芥川賞などを受賞。作品は海外でも評価が高く、翻訳出版。デイビッド・グーディス賞(米文学賞)を受賞。
2.本書;西村(主人公)は、東京でスリを生業にしている。登場人物も裏社会の人ばかり。西村は、木崎という闇社会の男と出会う。木崎は他人を支配する事に喜びを感ずる悪人。木崎の指示に翻弄されながら、破滅へと向かう主人公を通じて、不条理な世界を描いている。本書は大江健三郎賞受賞。ウォール・ストリート・ジャーナル誌で、2012年ベスト10小説に選ばれた。18章の構成。
3.個別感想(印象に残った記述を3点に絞り込み、感想を付記);
(1)『第12章』より、「この人生において最も正しい生き方は、苦痛と歓びを使い分ける事だ。・・・悶え苦しむ女を見ながら、笑うのではつまらない。悶え苦しむ女を見ながら、気の毒に思い、可哀そうに思い、彼女の苦しみや彼女を育てた親などにまで想像力を働かせ、同情の涙を流しながら、もっと苦痛を与えるんだ。たまらないぞ、その時の瞬間は!世界の全てを味わえ。お前がもし今回の仕事に失敗したとしても、その失敗から来る感情を味わえ。死の恐怖を意識的に味わえ」
●感想⇒木崎(極悪人)の言葉です。「同情の涙を流しながら、もっと苦痛を与えるんだ。たまらないぞ」を読むと、常識人とは思えません。❝同情したら、優しい言葉の一つでもをかけたい❞と思うのが人間です。西村は木崎に目を付けられ、無理難題を押し付けられて、悲運の最期となります。悪人と言われる輩は何処にもいます。聞いた話です。ある会社で、某悪人が、徒党を組んで社員に強請りたかりを繰返していたそうです。被害者は、報復を恐れて泣寝入り。しかし、その中の一人が勇気を出し、会社に助けを求め、一緒になって当局に訴え、悪人を退治したそうです。善人は何処にもいるので、一人で悩まずに、相談する事が重要ですね。もっと悪い奴。オリンピックを利用し、大企業の役員を経験した人が、不正を働き、私腹を肥やした事件がありました。善良な国民への裏切りに言葉がありません。
(2)『第15章』より、「僕は、自分が死ぬ事について思い、これまでの自分が何だったかを、考えた。僕は指を伸ばしながら、あらゆるものに背を向け、集団を拒否し、健全さと明るさを拒否した自分の周囲を壁で囲いながら、人生に生じる暗がりの隙間に、入り込むように生きた」
●感想⇒西村(主人公)の言葉です。彼は、不遇なの生い立ちだったと思います。「あらゆるものに背を向け、集団を拒否して生きてきた」とあるように、誰からも疎外されて生きてきたのです。なんとなく主人公の思いが理解出来ます。私も、❝裕福な家庭を嫌悪❞し、自暴自棄になった時期があります。そんな時、幸いにも支援してくれる人に出会いました。有形無形の援助を頂き、今でも感謝の気持ちで一杯です。ある本の一節です。「人には、苦しい、辛い時が必ずあります。そこから逃げずに歩き続けなさい。苦しい、辛い時間は後に君に何かを与えてくれる」と。身に染みる一節です。
(3)『第8&17章』より、「気だるく歩く通行人の中に、母親の脇で万引きをしていた、あの子がいた。・・・生まれた場所で彼の生活は規定され、その押されていくような重い流れの中で、彼は動き続けているように思えた」「母親がお前を手元に置こうとして、お前がそれでもやっぱり家が嫌だったらここに電話しろ。・・・お前はまだやり直せる。何でもできる。万引きや盗みは忘れろ。・・・つまらん人間になるな。もし惨めになっても、いつか見返せ」
●感想⇒西村(主人公)が、“シングルマザー(売春婦)の母親に万引きを強要される少年に、自分の境遇を重ね合わせ、救い手を差し伸べる”くだりです。「生まれた場所で彼の生活は規定され、その押されていくような重い流れ」。人は、生まれた時から、自分とは関係なく、有形無形の差が出来ます。しかし、幸福な家庭に育った人を羨んでも仕方がありません。但し、このケース(母親に万引きを強要)は最悪です。西村は悪の世界で生きているのですが、「もし惨めになっても、いつか見返せ」には、人間性を感じます。私も、シングルマザーに育てられました。自由奔放に生きた母でしたが、筆舌に尽くし難い苦労があったと思います。感情移入もあり、少年に幸あれと願います。
4.まとめ;本書を読んでの感想は、❝難しい本だった❞です。中村氏は、「第16章の部分が、この小説全体の核になっている」と言います。「小さい頃、いつも遠くに、塔があった・・・」と、❝塔❞につて、書いています。❝塔❞は、何かを超越した精神的なものでしょうか。この捉え方は十人十色かも知れません。最後に著者は言います。「この小説は反社会的な内容だけど、残酷な運命の中で生きる個人の抵抗を書いた物語という事になる」に、納得です。作家の伊集院さんが、ご自身の本に書いていました。「小説は何かの答え、結論を見つける為にあるものではない。むしろ逆で、答えがない、もしくは答えが見えない点が、何度も同じ作品を読む行為につながる」と。分かり易く、受けそうな小説は売れるのでしょうが、娯楽本と割切って読んでも、人生の指針にはならないと思います。(以上)
- 感想投稿日 : 2023年4月18日
- 読了日 : 2022年10月28日
- 本棚登録日 : 2022年10月28日
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