第2篇『花咲く乙女たちのかげにⅡ』
第2部「土地の名ー土地」
3巻『花咲く乙女たちのかげにⅠ』から2年後。
ジルベルトへの失恋からは立ち直りつつありながらも、未だにうじうじ思い出したり、でも生活していたらいつまでも覚えていられないよね?と思ったり、忘れたいんだか引きずっていたいんだか。
そしてこの夏は、ノルマンディーの避暑地バルベッグに行くことになる。同行者は祖母とその女中のフランソワーズ。
この4巻は避暑地の出来事なんだが、そもそも避暑に行く行かないで祖母や両親とうだうだ〜とやりあったり、移動の電車の窓から見た田舎町に「ここで暮らしてあの可愛い娘さんと知り合いだったらなあ」などと想像しを膨らましたり、祖母へ甘ったれ振りを見せたりとなかなか出発しない。
避暑地ではホテル暮らしのため、同じく避暑に来る常連さんたちや、プロフェッショナルなホテル従業員たちなど、新しい人々との交流が書かれる。
そんななかでも「私」が特に親しくなったのは、前半はゲルマント公爵一族、そして後半は花咲くような娘さんたちのグループだった。
まずは公爵の叔母で老貴婦人のヴィルヴァリシ公爵夫人。
公爵夫人の甥であり「私」と同年代のロベール・サン=ルー侯爵。
サン=ルー侯爵の叔父で変わり者のシャルリュス男爵。
サン=ルー侯爵は、最初にヴィルヴァリシ公爵夫人から素晴らしい人格よ、と聞いていて出会う前から大親友のつもりでいたが、会ってみたらいかにも貴族という感じの取って付けたような態度でがっかりした、という出会い。このことから「私」は結局上流階級者というのは自分のグループ内で愛想が良ければ素晴らしい人格と言われるんだ、と失望する。だがこのサン=ルー侯爵とはその後とても親しくなる。
シャルリュス男爵は、3巻までも名前だけ出てきていて興味深かったのだが、ここで正式登場となった。
本来ゲルマント侯爵を名乗れるのに、あえて下位の「男爵」についているという臍曲りっぷり。これは階級への反発ではなく、むしろ自分の生まれ育ちに自信があるからという感じ。
かなりの大柄で端正な顔、興味のある人物を目を見開いてじっと見たり、親切な行いをしてきたかと思うと辛辣な言葉を投げつけてくる。
高慢さと人為的で作為的な態度で、「私」は彼を「困難に陥った有力者のお忍びの姿や、単なる凶悪な男の悲運の変装」と評する。
そして「私」の学友でユダヤ人ブロックの一家も不思議な存在だ。
そもそもこの巻ではユダヤ人嫌いが多く、ユダヤ人への侮蔑の言葉も多い。このブロック一家もユダヤ人への揶揄抽象を口憚らないのだが、なんといっても彼らがユダヤ人なのである。
ユダヤ人なのだが反ユダヤ。
ブロックのことは、前の巻でもなにか書いてありましたっけ??多分私が読み取れていなかったのだろう。
ブロック一家は、父親も俗物ユダヤ人だし、妹たちも身持ちの良くない女優と同性愛関係なんだとかなんだとか噂されている。
どうやらユダヤ人社会の中でも階級の差があるようだ。
上流階級のサロンに呼ばれ大物貴族たちと知り合いで資産家のユダヤ人もいれば、金はあっても尊敬されないユダヤ人もいれば、もっと下層階級のユダヤ人もいる。
なかなか複雑そう。
そして後半では「花咲く乙女たち」との交流になる。
最初は避暑地の娘さんグループを見かけて「あの自転車押した子かわいいな/あっちの子は僕をみたぞ」などと興味を持つ。それからスワン氏の知り合いでもある画家のエルスチールが乙女たちと知り合いなので紹介してもらおうとする。しかしエルスチールと乙女たちが話しているところで格好つけてそっぽ向いたためエルスチールは「私」が嫌がっていると思って紹介しない。あてが外れた「私」はエルスチールにぶーたれるのであった 笑
まあ結局は紹介してもらい、彼女たちと一緒にでかけたり屋外ゲームをしたり。乙女たちは、自転車に乗り、庶民的な言葉を使い、ヨット遊びをして、男性グループと交流し、避暑でのイマドキ青春を楽しんでいる。
アルベルチーヌ。
アンドレ。
ジゼル。
ロズモンド。
彼女たちは、仲が良かったりお互いを辛辣に言ったりまた仲直りしたり。
「私」は避暑地での恋を楽しもうとする。ジルベルトとのことで「恋愛は自分だけで愉しめばいいや」という考えになっているので、最初はアルベルチーヌに惹かれるのだが、ジゼルが自分に気があるなら恋人になれるかなとか、知的なアンドレもいいじゃん、とか、要するに「一人」ではなく「グループ」として楽しんでいる。
だがだんだんアルベルチーヌに強く惹かれるようになり、さらにアルベルチーヌからの好感触も得る。アルベルチーヌは、ジルベルトに似ているところがあり<われわれがつぎつぎに愛する女性のあいだに、進展があるとはいえ一定の類似が存在するからである>のだそうだ。
だが気を良くした「私」が、招待されたアルベルチーヌの部屋でキスしようとしたらはっきり拒絶されたり…。まあそんな青春をおくってるんですね。
そんな乙女たちとの青春を謳歌しながら、ふと見た草むらに咲く花をみて、少年時代を過ごしたコンブレーで親しんだ花を思い出す感受性も現れる。
<ジルベルトが人間の娘への初恋であったように、サンザシの花は花への私の初恋だった。P596>
4巻の最後で避暑地の人たちは徐々に家に帰っていく。すると人がたくさんいた頃は付き合わなかった人たちと触れ合ったり、避暑地残りの日々を楽しむ。
4巻は、舞台はバルベックだし、時系列も真っ直ぐだし、今まで名前だけ出てきたシャルリュス男爵やアルベルチーヌ(ボンボン夫人の姪で、ジルベルトがあまり好きでない女性として)が出てきて、お話の流れとしてはわかりやすい巻だったと思います。
<ある人物が真っ直ぐな道に似ていることは決してない。われわれを面食らわせるのは、人それぞれに固有の得意なお決まりの迂回路があることで、赤の他人なら気づきもしない迂回路であるが、当事者としてそこを通るはめになるのが苦痛でたまらないのだ。P541>
- 感想投稿日 : 2022年8月7日
- 読了日 : 2022年8月7日
- 本棚登録日 : 2022年6月13日
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