塩狩峠 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1973年5月29日発売)
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人はなにか芯になるものが必要であり、その”芯”にどうやってたどり着くのか。
「一粒の麦、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん」『ヨハネ伝』の第12章24節

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明治十年の2月に永野信夫は東京の本郷で生まれた。
母はすでに亡く、父の貞行は一見穏やかだが芯の通った人物ではあったが、仕事のため信夫の養育は祖母のトセに任されていた。
祖母トセは、武家筋であることを誇りとし、信夫を厳しく育てていた。そして折に触れて信夫の母の菊を侮蔑する。だが信夫は、会うことのできない母に密かに慕情を感じているのだった。

だがその祖母トセが死んだときに、ある女性が家に来た。
この女性こそ、死んだと聞かされていた信夫の母の菊だった。
菊はキリスト教だったため、ヤソ教を忌み嫌うトセにより家から追い出されていた。
しかも信夫の父の貞行は菊のもとに通い、妹の待子まで生まれていた。

信夫は混乱する。
密かに憧れていた母は、優しく穏やかで、父とも妹とも心から結ばれている。だが自分は?母は幼い自分よりもヤソ教を取ったのか?妹だって?信夫は自分の家族を慕いつつ、素直になれない気持ちも持つ。

信夫が小学4年のときに同級生の吉川修、そして吉川の妹ののぶ子と知り合う。
吉川は北海道に引っ越ししていったが、距離が離れても信夫と吉川とはこの後生涯の親交を結ぶことになる。

思春期を迎えた信夫は自分自身について思い悩む。
人はなぜ死ぬのか、自分の言葉と行動は本心なのか着飾っているだけなのか、自分は平等なつもりで他人を見下しているのではないか、家族が好きなのに素直になれない気持ち、自分自身のヤソ教への理不尽な反発心、そして触れたことのない”女の人”への憧れと後ろめたさ。

そんな折に父の貞行が死ぬ。貞行は、思い悩んだり精神的傲慢さを見せる信夫に対して穏やかに、だが力強く、人としての道を示してきた。

母菊と妹待子のために働き始めた信夫は、10年ぶりに吉川と再開する。
文通を重ねてきた彼らは、お互いに本心を話せる、お互いの考えを深め合う間柄となる。

数年後、信夫は東京での務めを辞めて北海道の鉄道会社での職に就く。
吉川のこと、それよりもその妹である病床ののぶ子への慕情の想いだった。
吉川に「のぶ子さんと結婚したい。病気が治るまでいつまででも待つ」という信夫だったが、実はのぶ子はキリスト教信者になったのだと知らされる。

人の救いは?人は他人の罪を我が身と思えるのか?人は誰かの”隣人”になれるのか?
ある時キリスト教宣教師の言葉を聞いた信夫は、これまでの反発心や心の迷いやわだかまりすべてを超えて、キリスト教の教えへに心を囚われるのだった。

キリスト教徒になった信夫は、その人柄、人への平等性、普段は穏やかだが芯の燃えるような伝道で、鉄道会社の職場でもキリスト教教会でも、特別な人に慕われる人物になる。

だが決して信夫は昂ぶらず常に考えていた。
自分は本当に聖書の教えそのものを実施できているのか?人は他人のために死ねるのか?

吉川の妹ののぶ子の病も回復の兆しが見え、信夫との結婚の話も進む。
信夫は、自分の務める鉄道で、吉川とのぶ子の元に向かう。
だがその車両が塩狩峠を登っているときに暴走し、転覆の大危機が訪れるのだった。

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中学生の娘の課題読書(の中の1つ)。娘が「私課題提出したからお母さんも読みなよ」と回ってきた。中学生でこれを読むってすごいなと思う。みんなどんな感想を書いたのだろう。

実在の宣教師の行いを聞いた作者の三浦綾子さんが、その信仰の深さに感銘を受けて、宣教師をモデルにし、人の愛と勇気の根源、信仰を持つ人間の強さを書いた小説。
最期の場面は、実際の記録だと、事故っぽく書いてあるようですね。小説のように自ら犠牲にだと自殺っぽくなってしまってキリスト教精神に背くからなのかな。

信夫の子供の頃からの気持ちの複雑さが語られて、なぜ彼が信仰を持ち、それほど強くなれたのか。
最初は反発したキリスト教であり、なぜ反発したのかも(母は自分より宗教を取ったのだとか、宗教が違うからと言って祖母の仏壇のお世話をしないなんて、とか)、けれどなぜ信仰にたどり着いたのか。
お話としては、キリスト教徒になってからの迷わなさよりも、そこに行くまでの思い悩みの語られ方が印象深いです。

私が以前友人から聞いた話で(キリスト教徒の人⇒私の友達⇒私 で聞いた)「人間関係は横糸。他の人に引っ張られて自分がズレてしまうこともある。神様との関係は縦の糸。自分がズレそうになったときにまっすぐに引っ張ってくれる」ということがあります。
その縦糸は宗教だったり、道徳心であったり、人によって違うのでしょう。では私にとってそれは何?と言われると答えずらいのですが。。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ●日本文学
感想投稿日 : 2021年5月20日
読了日 : 2021年7月1日
本棚登録日 : 2021年5月20日

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コメント 1件

アールグレイさんのコメント
2021/05/20

こんばんは、初めまして!
ゆうママと申します!
本にいいねを頂きありがとうございます。
淳水堂さん、今日レビューを書いたのでしょうか。しっかりと読ませて頂きました。私のレビューは、昔の記憶を手繰り寄せながら、やっと書いたもの。淳水堂さんのおかげで、
「こういう本だったんだな」と、思うことができました。ありがとうm(__)m 夜遅くに大変失礼しました。
これからも機会がありましたら・・・・
おやすみ(-_-)zzzなさい

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