墨攻 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1994年6月29日発売)
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墨子教団については色々不明な点が多いらしいが、強きを挫き弱きを助ける「任(任侠)」を尊ぶ思想らしく、開祖・墨子の平等性を重んじる次の言葉が象徴的に引用されている。
「一人の人間を殺せばこれは不義であり、必ず一死罪にあたる。(中略)しかし、それがこと戦争となるとそうではない。他国を攻めて大いに人を殺しても、不義であると言わないばかりか、かえってこれを賞賛して義であるとする。(実に不合理で不可解なことである)」
まるで子供の疑問のようだけどまったく正当な話で、墨子の頃から2千年の間、ほとんどの人間が蓋をして避けてきた素朴で重大な疑問に対し、はっきり立場を示している言葉で、しかも教団まで作り守りの戦を研究・実践していたことをはじめて知り、熱い気持ちになった。

史実的な話が序盤に少しあり、その後は墨者の革離という人の田舎の城郭を守るための奮闘が描かれる。

上層部の指示を突っぱねてまで、覚悟をもって臨んだはよいが、守るべき城の城主親子はバカだし、やるべきことは山ほどあるし、規律を守るため、結果的に守るべき農民達を非情に処罰もしなきゃいけないしで、革離には同情しっぱなし。自分ならすぐ辞めている。

革離はなんのために一生懸命になっていたかというと、墨者としての誇り、尊敬する先達や自分のこれまでを肯定するための戦いだったのだろうけど、剛直さと余裕のなさが仇となり小さなところで歪みと無理が生じ、志半ばで倒れてしまう。
最後の際で、兵法について一つ学んだことでニヤリと笑い死んでいくのは、あとがきで作者が書いている「職人のプライド」であり、墨者としての使命に殉じた的な描写なんだろうけど、これ系の心理はいまいちぐっとこない。

これまで、三国志や古代中国もののマンガ等でたびたび読んできたが、城郭攻めは面白い。
本書でも圧倒的な物量かつあの手この手で攻める敵を、近代的な知恵と技術で対抗する様子は単純に楽しい。

戦闘準備からラストまでは革離の忙しさの高まりとともに怒涛の展開だが、革離は常に冷静だし文体もたんたんとしていて、時折入る南伸坊氏のイラストに和まされ、ドライブ感はあってもこちらも冷静に読める。

墨子教団の思想と実践についてはものすごく興味が湧いた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年9月30日
読了日 : 2020年9月30日
本棚登録日 : 2020年9月30日

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