月と蟹 (文春文庫 み 38-2)

著者 :
  • 文藝春秋 (2013年7月10日発売)
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本棚登録 : 3132
感想 : 300
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 物語は、慎一と春也を中心に小さな世界でのろのろと進む。子供の頃の記憶は、人それぞれ違うだろうが、世間を知らないゆえに、自ら作ったルールに囚われていたことを思い出させる。

 良かれと思ってしたことが、思いがけない事件に繋がってしまったり、相手を思いやる気持ちは、実は自分を落ち着かせるための衝動だと知る。少年たちは、自らの生い立ちを振り返り、過ちを繰り返しながら、自らの姿を水面に映そうとしているのかもしれない。

 ソロモンの犬のようにミスリードを誘うようなギミックもなく、龍神の雨のようにある人が変貌することもなく、本当に良い作品でした。

 普通より少しだけ重い運命を背負った小学生の、小さな世界の中に広がる人間らしい気持ちと、抑えきれない衝動を描くことによって、私たちが忘れてしまった感受性が鋭かった時代を思い出させてくれます。

 自分や友達の妄想と現実の境目が曖昧だったあの頃、私たちは厭なものに錘を付け心の底に沈める方法を本能的に知っていた。この本を読むと、あの頃の苦い思い出も残された人生に活かすことができると思えるのです。

 道尾秀介さんは、誰よりも自分が少年だった頃のことを鮮明におぼている作家さんなのではないだろうか?自分自身や友達が、その時に感じていたことを、行動から嗅ぎ取っていたのではないだろうか?とろけるように甘く切ない記憶、ざらざらした苦い記憶、夫々の記憶の味が舌に蘇るたびに新しい作品が生まれるのかもしれない。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2016年2月11日
読了日 : 2016年2月11日
本棚登録日 : 2016年2月11日

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