アルジャーノン、チャーリイと聞くと、思い入れのある人は胸にグッとくるものがあるかも知れない。どちらもダニエル・キイスの名作『アルジャーノンに花束を』に登場するキャラクターだからだ。
本書はキイス自身が回想する自伝である。医学生だった日々、パン職人見習いの時期、“特別クラス”で出会った少年…。若き日々のあらゆる経験が、後年大切なものを生み出す糧となっていたのだなあと実感する。
そして作家としての歩み。キイス作品の創作にまつわる技法やテクニック、メモが惜しげもなく披露される。
例えば、『アルジャーノン~』は精神遅滞の若者である主人公・チャーリイの視点から物語が語られていくが、やがてストーリーが進むにつれ文体が少しずつ変化してくのが作品のキモである。これについてキイスは本書中でこう語っている。
<「アルジャーノンに花束を」の冒頭の部分の、チャーリイの文章スタイルは、子供のように直截で、暗喩などはいっさいないが、彼が変わるにつれ単純で叙述的な文章が重文になり複文になり、そして複雑な暗喩になっていく>
実際にその本を手元に置きながらキイスの解説を読んでいると、実にうまくできているんだなあと感心させられる。まあ、だからこそ原書刊行から数十年にわたってその功績だけで名前を残せるのだろうが。
『アルジャーノン~』が最初中編で書かれ、数年後に長編へと書きなおされるまでの苦闘など、一度書いたものを書きなおすだけなのだから楽なのではないかという読者の予想(キイス本人もそう思っていたらしい)を覆し、なかなかの難産である。このように作品を生み出す苦しみをも赤裸々に綴っている。
そして本書中でさらに興味深いのは、『アルジャーノン~』がテレビドラマ化、映画化、そして舞台化と様々なメディアへ展開していく過程である。出演者やスタッフらと意見の食い違いを闘わせながら、自分の作品を必死に守ろうとするキイスの姿。ああいう華やかな世界の舞台裏にはこういう事があるのだな。本人の証言は生々しくて読み応えがある。
『アルジャーノン~』は他にも様々な国や媒体へ拡がっている。キイス氏の心労はまだまだ続くのかな。「作家というものは仕返しをする」とは本書に記されたキイスの言葉だ。
今ではすっかりおじいちゃんになったキイスだが、本書の口絵にある若いころの本人の写真はなかなかハンサムだ。
- 感想投稿日 : 2011年8月7日
- 読了日 : -
- 本棚登録日 : 2011年7月9日
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