なぜ、脳は神を創ったのか? (Forest2545Shinsyo 15)

著者 :
  • フォレスト出版 (2010年6月4日発売)
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感想 : 87

 正直、この苫米地英人という人物がどういう人なのかよく知らないのだ。本書の著者プロフィールによると、「脳機能学者・計算言語学者・分析哲学者・実業家」ということになっている。「カーネギーメロン大学博士」というのがメインの肩書のようだ。しかしその大学がどれくらい凄い大学なのかよくわからない。いまネットで調べてみたら、ノーベル賞受賞者も多数出しているようなので、結構ランクの高い大学なのかも。そのほかにも大企業や大学、国の機関で働いていたこともあるようなので一応ちゃんとした人なんだろう。
 ここまでなんとなく懐疑的に見てしまうのは、どうもこの人の著作が多方面に渡りすぎているからで、英語の勉強本から洗脳の解き方の本まで様々だ。もちろん僕もすべて読んだ訳ではないので、内容をよく読みこんでみたら共通の分野で括る事ができるのかも知れない。例えば脳科学とか。
 それでもなんか「やたらハウツー本をたくさん出している人はなんか怪しい」という先入観がある。ちょっと疑りすぎかも知れないけど。そもそも苫米地の書く本は「ハウツー本」ではないのかも知れないけど。

 でもとりあえず、個人的に今までこの人の著作を読んだ印象としては、「非常に難しいテーマを分かりやすく書く人」「専門知識が豊富な人」という感じである。今でもどこまで信用していいのか判断がつかないのだけど、神は存在するのかというテーマのこの本はとても興味深く読めた。苫米地の主張は非常に明快で、僕のように宗教学の知識がなくてもほぼ引っかかることなく読めると思う。

 最初に書いておくと、僕自身は神の存在も宗教的なものも信じていない。唯一信じているとしたら「フライング・スパゲッティ・モンスター教」くらいか。
 スピリチュアルとか超自然的な現象も信じていない。盆にお墓参りしたり、お正月に初詣をしたりするが、クリスマスと一緒で年中行事の一つと捉えていて、宗教行事だとは思っていない。

 そして苫米地も本書中で神の存在を明確に否定する。というか、科学的にはとっくに神の存在なんかあり得ないって結論出ているんだぜと主張する。
 この主張を組み立てるための過程が面白い。神がいるとした場合といないとした場合それぞれの仮説を設定したうえで、存在しようがしまいがそれは脳の引き起こす現象に過ぎないと理屈で切り捨てる。なんかここらへんは瀬名秀明のSF小説『パラサイト・イヴ』とかが好きな人はすんなり頭に入ってくるかも。
 その上で歴史上宗教が果たしてきた役割を論じ、宗教とは何かを論じる。その中で資本主義やマルクス・レーニン主義も宗教と何ら変わらないとされる。そうか、そういう意味では僕自身もある考え方に傾倒してしまう事は往々にしてあるから、宗教に染まっていると言えるのかも。例えばそれが憲法とかそういうのであったとしても。

 そして苫米地は本書の第3章「神は存在するのか?」において論理的に神が存在しない理由を順序建てて解説していく。この過程が個人的には本書の白眉だと思う。1991年に宗教哲学者パトリック・グリムが発表した「グリムの定理」において完全なる存在=神が存在しないことが論理的に証明されてしまった事は宗教界にとってはエライ事だったはずだ。ま、100年以上前に「神は死んだ」とニーチェは宣言しているので目新しい発見ではないのかも知れないが…。

 それでも21世紀の現在、世界は宗教に支配されているように見える。その点こそが問題だと苫米地は語る。釈迦の教えを引用し(釈迦は実は神やあの世の存在を否定しているそうだ)、いつまでそんな思想に縛られているのだ、早く自由になれと説いているのだ。

 宗教からの自由。簡単なようだが今実際世界が自由になれていない事を考えると容易ではないのだろう。それが実現してこそ人間的な生き方が実現できると言うのだ。戦争や殺し合いのない世界が。
 …しかし、ここまで読めば著者の主張がわかってくるのだけど、そうでなくて本に巻かれた扇情的な帯のキャッチコピーにまず目を通すと、『脳科学と宗教史からわかる幸福な生き方!』『不安・恐怖・トラブルから、あなたを解き放つ最新の脳科学とは?』などと書かれていて、どうも胡散臭く感じてしまう。この帯やキャッチコピーでだいぶ損している気がするのだが。

 でも本書中では何度も物事は疑ってかかれというような意味の事が書かれていて、だからやっぱりこの著者のことも頭っから信用するのはやめようと思う。非常に面白い本だったのだけど、書かれていることのすべてがすべて信じられることなのかはわからない。
 ただその事に気づかせてくれただけでも本書には意味がある。宗教の中身を明らかにすることは、自分の心理を覗き見ることである。
 終盤近くで披露される著者の主張は極端すぎる気がするが、思考実験としては面白いと思う。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション
感想投稿日 : 2012年6月5日
読了日 : -
本棚登録日 : 2012年6月5日

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