リラと戦禍の風

著者 :
  • KADOKAWA (2019年4月18日発売)
3.58
  • (9)
  • (10)
  • (21)
  • (3)
  • (0)
本棚登録 : 151
感想 : 30
3

オーシャンクロニクル・シリーズなどが有名な上田早夕里先生の新作。
本書は上田先生得意のSFではなく、ジャンルで言えば歴史ファンタジー・アドベンチャーということになるのかな。

第一次大戦の西部戦線で瀕死の重傷を負った若きドイツ兵イェルクの前に、身なりの良い初老の紳士が突然現れ、イェルクは見知らぬ土地に連れて行かれます。そこでイェルクはその紳士からリラという女の子の護衛をして欲しいと頼まれます。
それを了承したイェルクは、魂の姿になり、虚体と呼ばれる仮の肉体を用いて数々の試練に立ち向かっていきます。

ああ、もう!惜しい!
この本1冊で、この物語を終わらせてしまうのはもったいない!

少なくとも3部作にはできる。人気が出ればあの『ハリーポッター』シリーズを凌駕できるような大作になる可能性があったかもしれないのに・・・。

《以下はネタバレ&壮大な妄想有り・!未読者も既読者も注意!》
舞台は第一次大戦中のドイツとフランス。
登場人物は、両親を亡くした10代前半の人間の女の子リラ、リラを保護する人間の姿をした不死の魔物であるシルヴェストリ伯爵、そして、本書の主人公であり戦場で瀕死の状態のところをシルヴェストリ伯爵に助けられたドイツ軍の若き兵士・イェルク・ヒューバー。
この3人が主人公的キャラクターとなりますね。

さらに人狼でセルビア軍の兵士であるミロシュ、シルヴェストリ伯爵の同居人で旅籠と病院を営む謎の女性・サンドラ、そして彼らに立ちはだかる無の魔物であるニルなどが物語を形作っていきます。

どうです?もう、この登場人物と舞台を聞いただけで、壮大な物語が始まる予感がするじゃありませんか?

伯爵に助けられたドイツ人のイェルクは伯爵からポーランド人の女の子リラの護衛をするように依頼されます。しかし、当時のポーランドはロシア、ドイツ、オーストリアに併合され、国が無くなった状態でした。ですからリラは祖国を奪ったドイツ人達を嫌っていたのです。

このあたりのヨーロッパの歴史描写は、上田先生に深緑野分先生が乗り移ったか!?というレベルで詳細に描かれています。

イェルクは伯爵から与えられた虚体と呼ばれる仮の肉体を使って、同じように虚体を使って精神世界を浮遊するリラの護衛をリラに嫌がられながらも続けます。そこへ無の魔物ニルが襲ってくるのです。
ニルとの戦いなどを経て、徐々にリラはイェルクに心を開いていきます。

物語の4分3までは本当に面白かった。
まさに☆の数で言えば5つ、この物語は実写でもアニメでも映像化したら非常に映えるし、絶対に売れるだろうなと感じましたよ。
若くてイケメンのイェルクに、スーパー美少女のリラ、そして超渋くてダンディーなシルヴェストリ伯爵に、年齢不詳の美女・サンドラ医師、敵役には憎々しい無の魔物ニル。
さらに可愛いヤツから凶暴ヤツまで多種多様な魔物達が所狭しと活躍するとなれば、これはもう老若男女、全員のハートを鷲掴みですよ(笑)。

しかし、なぜか上田先生は第一次大戦が終わったところで、この壮大な物語をいきなり収束させてしまいます。

もう!なんで!意味が分からない!

本書のなかでそれぞれの登場人物の出自や背景を細かく描写していて、特にシルヴェストリ伯爵がドラキュラ伯爵のモデルとなったワラキア公国のウラド串刺公の血を引き継いで魔物になった経緯とか最高に面白かったし、魔物になる決心をしたイェルクのこれからの成長とか凄く期待していたのに。

もし僕がカドカワの担当編集者だったら、本書は絶対に3部作にしますね。

第1巻はリラ(十代前半編)を主人公にして第一次大戦終了までにし、当然本書と同じようにドイツ国内の労働者運動も描きます。
次作はリラ(十代後半編)、リラとイェルクの成長を若干の恋愛を絡ませて描き、ドイツ国内の労働者運動からナチスが台頭する第二次大戦前夜まで描写します。
最終巻はリラ(二〇代編)、リラが一人前になり、ナチスの崩壊と第二次大戦終了のきっかけを作るところまでを描くという感じにします。

そうするとリラの年齢と歴史の流れが合ってないだろと突っ込みがきそうですが、シュヴェストリ伯爵の能力で実際の時間の流れとリラの成長のスピードはズレているのでOKです(適当)。

この3部作のテーマは、「リラとイェルクの成長」、「善の魔物と悪の魔物との戦い」です。さらに「民衆労働運動とファシスト政権の成立と没落の過程」を描き物語に重厚感を持たせます。
そこにはもちろんリラとイェルクの恋愛要素も取り入れます。
リラを守る為に不死の魔物となったイェルクを想いながら、自らも魔物なるか、なるまいかに思い悩むリラの揺れ動く気持ちを情緒豊かに描き出します。

そして、主人公たちと悪の魔物との対決、最終的には無の魔物ニルとの最終決戦。人間のままでいるか、魔物になることを選ぶのか、リラが下した最終決断は・・・。

こんな感じの話を本書と同じように詳細な歴史描写を絡ませながら上田先生の筆力で描いていけば、歴史ファンタジー・アドベンチャーシリーズとして、オーシャンクロニクル・シリーズに匹敵する人気シリーズにできたはず・・・。

魅力的なキャラクター、虚体という実態のない肉体、魔方陣を使っての瞬間移動、実体と魂を分けた人間の分離性、詳細な時代設定、みんな良かったのになあ。
ああ、もったいない(ジタバタ、ジタバタ)。

やっぱり、上田先生は壮大なSFファンタジーじゃなきゃ満足できないのかなぁ~。

と言う訳で、くやしくて仕方ないので次に生まれ変わるときはカドカワの文芸書編集者を目指しますね。「小説家を目指す」とは言わないところが「身の程をわきまえていてGOOD」と自分を褒めてあげたいです☆

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説(エンターテイメント)
感想投稿日 : 2019年7月3日
読了日 : 2019年6月30日
本棚登録日 : 2019年7月3日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする