SHOE DOG(シュードッグ)

  • 東洋経済新報社 (2017年10月27日発売)
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感想 : 362
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この本はあるシューズメーカーの若き創業者の活躍を描いた物語― リアル『陸王』のストーリーだ。

本書は、世界的スポーツメーカー・ナイキの創業者フィル・ナイト氏の自叙伝だが、実際に読んでみると、これがとてつもなく面白い。
立身出世の道を行くナイト氏の活躍。若者が出世していく読み物としても面白いし、各登場人物が生き生きと描かれていて、それぞれのキャラクターに感情移入できる。
僕が特に好きなキャラ(キャラと言っても実在の人物なのだがw)は「社員第1号・手紙魔のジョンソン」と「社員第4号・車いすのウッデル」だ。目次の後に登場人物の紹介の一覧が載っているところなど読者への心憎い配慮もあり、本書はもはや完全に小説だ。

ナイト氏を例えるならば『三国志』の劉備玄徳や『太閤記』の豊臣秀吉のよう。オレゴン州の片田舎出身の20代半ばの若き主人公フィル・ナイトがほぼ無一文で日本に来日し、日本のランニングシューズ・タイガーに魅了されたナイト氏が「このシューズをアメリカで売りたい」とオニツカ社に単身乗り込むというところから始まり、一人、また一人と強力な味方を獲得しながら、広大なアメリカスポーツシューズ市場に打ってでていく。
その過程にはライバル達との熱きバトルがあり、仲間の裏切りがあり、かけがえのない仲間との死別もあり、そして、また強力な助っ人が現れる。まるでロールプレイングゲームの主人公のように数々のピンチを切り抜け、レベルアップしていき、装備を整え、さらに次の挑戦へと突き進んでいくのだ。

本書は大成功した経営者の自叙伝なのだが、全く自慢話になっていない、それどころかピンチの連続、ナイキが世界で大成功した企業であると知っていても読んでいる時のこのドキドキ感。ナイト氏の能力は経営能力だけじゃない、池井戸潤も真っ青の文才もあるのだ。

恥ずかしながら僕は若きナイト氏が興した個人企業ブルーリボンスポーツ社が日本のシューズメーカーのオニツカ社(現アシックス)からタイガーシューズを買い付け、それを最初にアメリカで売って生計を立てていたということを全く知らなかった。
ナイト氏がオニツカ社からシューズを買い付けていたのは、終戦後の復興からまだ間もない1963年頃、20代半ばのナイト氏は裸一貫で日本に赴き、手八丁口八丁嘘八百でオニツカ社を説得し、アメリカでのタイガーシューズの販売許可を得る。ランニングシューズ・オニツカタイガーは『低価格で高品質』を武器に瞬く間にアメリカ中で人気の火がつき、ナイト氏の会社は毎年倍々の売り上げで業績を伸ばしていく。
その頃はアメリカのスポーツシューズ市場はアディダスの独占状態であった。アディダスはドイツの会社であり、ちなみにアディダスの創業者アドルフ・ダスラーの兄ルドルフ・ダスラーが作ったのがプーマだ。

ナイト氏はアディダスの牙城を切り崩しながらタイガーの売り上げを伸ばしていく。
しかし、全米での売り上げが上がるにつれ、オニツカ社からの要求も強くなり、最終的にはオニツカ社と決別、ナイト氏は自社で靴を製造していくことになる。これがナイキだ。
本書では、ナイキ社が設立するまで本の半分が費やされる。

この本を読んで非常に興味深かったのは1960、70年代、当時の日本企業が『低価格で高品質』な商品を武器にして欧米市場の各市場へ乗り込んでいった時のその強気な姿勢だ。
日本のビジネスマンは、一般的に世界市場においては「謙虚で、ひかえめ、そして押しが弱い」と思われている。
しかし、この本に登場するオニツカ社の社員たちはアメリカの中小企業の経営者であるフィル・ナイト氏から見るとかなり傲慢で、態度がでかく、一言で言えば嫌なヤツ達なのだ。これは目からウロコが落ちる思いだった。

考えてみれば、日本は1945年に敗戦を経験してから、飛ぶ鳥を落とす勢いで経済的に飛躍していった。1968年には日本のGDPが世界第二位になり、世界中の市場で日本製品は猛威を振るったのだ。その快挙を担っていたのは間違いなく当時の日本のビジネスマン達であり、彼らの活躍があってこその日本経済の復活があったのは間違いない。
そのような日本のビジネスマンが海千山千の商人たちがひしめく海外市場で「謙虚で、ひかえめで、押しが弱かった」訳がないのだ。

そして、オニツカ社との決別後のナイト氏を救ったのも日本の貿易会社である日商岩井(現・双日株式会社)であったということも興味深い。この本に2人の日商岩井のビジネスマンが登場するのだが、その二人が格好いい。ナイキ社を救う為に、奔走する。こう考えてみるとナイキと日本のつながりは切っても切れない関係にあるのだ。
そして、本書は1980年にナイキが株式公開し、中国に工場を確保するところで物語としては終了する。

本書を読むと、当時の日本企業の状況やアメリカでのスポーツ用品市場の状況、そして世界貿易における、いわゆる『世界の工場』が日本、台湾、韓国、中国と移り変わっていく状況も良く理解できる。
ビジネス成功者の自叙伝など、いままであまり読んだことはなかったが、この本は面白かった。特にアメリカ人中小企業の社長が当時日本人をどう見ていたかが分かったことが一番の収穫であった。

この本を読んだ読者は間違いなくナイキのファンになるだろう。
ランニングシューズと言えば、僕はいつもアディダスを履いていたので(笑)、ナイキのシューズをいままで履いたことはないが、ナイキを見る目が変わったのは間違いない。これからは、ナイキはスポーツウエアだけじゃなく、シューズも試してみようか・・・って、もう完全にナイト氏の術中にハマってるじゃん(笑)。

最後にフィル・ナイト氏の言葉を引用してこのレビューを締めくくりたい。

『20代半ばの若者たちに言いたいのは、仕事や志す道を決めつけるなということだ。天職を追い求めてほしい。天職とはどういうものかわからすとも、探すのだ。天職を追い求めることによって、疲労にも耐えられ、失意をも燃料とし、これまで感じられなかった高揚感を得られる。』

『権力を打破しようとする人たち、世の中を変えようと思う人たちに言っておきたいのは、背後で目を光らせている連中がいるということだ。成功するほど、その目も大きくなる。これは私の意見ではなく、自然界の法則だ。』

『みんなに言いたい。自分を信じろ。そして信念を貫けと。他人が決める信念ではない。自分で決める信念だ。心の中でこうと決めたことに対して信念を貫くのだ。』

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション
感想投稿日 : 2019年8月23日
読了日 : 2019年8月22日
本棚登録日 : 2019年8月23日

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