再生巨流 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2007年11月28日発売)
3.89
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本棚登録 : 1013
感想 : 98
5

【感想】
「プラチナ・タウン」「華僑」に続き、まだ楡周平の3作目を読み終えたところだが・・・
こと経済小説において、楡周平は池井戸潤に匹敵するレベルだと断言できる!
もっとポピュラーになるべき、もっと評価されるべき、いやそもそも、もっと広く世間に認知されるべき作家の一人だ。
登場人物それぞれのスペックの高さ、クセの強さ、台詞の臭さ。
そして何より仕事への熱量、ネゴの巧みさ、知識力など、カリスマ性すら感じる魅力的な主人公ばかり。
「世はこんなにもスペックの高いビジネスパーソンばかりなのか?」と、読んでいて敗北感を感じるのが玉にキズではあるが・・・笑
この作家を知らない人、読んだことがない人は、人生を損していると言い切ってもいい。

さて、本作品「再生巨流」は、ある大企業において左遷をされた男・吉野が主人公の物語。
その能力の高さで目を見張る結果を残しつつも、パワハラが激しかったりスタンドプレーに走るため、閑職部署に左遷されてしまった男の話である。
無茶なノルマを課され、またどんな窮地に追い込まれても、尚も結果を残そうとあがき続ける吉野。
色んな障害に見舞われながらも、類い稀なるビジネスセンスで突破していく姿は読んでいてとても痛快だ。

また、社内での立身・出世を目的とするのではなく、自分が描いたビジネスが現実のものになることを目指して日々奮闘する姿勢には読んでいて眩しいなと思った。
(確かに人として性格に難がありすぎるけれども・・・)
自身が思い描いたビジネスの発展とともに、人として成長する吉野を描いた大人(というかオッサン)のサクセスストーリーは、読んでいて本当に面白かった。

特に、吉野が前に勤めていた会社の上長の台詞が脳裏にこびりついて離れない。
「客のいう事を聞いてくるだけの営業マンなんてただの御用聞きだ。シャツに汗してノルマ達成に汲々とするよりも、頭に汗をかけ。」
「脳みそにキリを刺して、血が噴き出るまで考えろ」
自分自身、日々の仕事に対し、これほどの気持ちを持って取り掛かっているのか・・・
その点、赤面の至りである。

また、作中には数々のプレゼンシーンがあったが、吉野のプレゼンテーション能力の高さにも舌を巻きまくったな・・・
周到な準備は勿論、考えられ得る相手からの質問や意見に対するレスポンスも抜かりなく準備をし、そして相手のナマの反応をしっかりと確認してギアを上げる。
プレゼンの中の自身の一言一言で相手がどのように反応するのかを観察し、機転をきかせ、強弱をつけて交渉するスキルはもはや天性のモノだなと思った・・・
これだけ自分の思い通りにプレゼンテーションが進めばどれほど面白いだろうなと、凡人の僕は強く感じちゃったよ。。。笑

600ページ弱の構成ながら物語の起承転結がしっかりとしており、吉野のプロジェクトが様々な問題によって暗礁しかけながらも結局ハッピーエンドで終わる。
作中のカッコイイ台詞の1つ1つ、物語の構成面、そして吉野という一人のケモノのような企業人の人としての成長。
色んな面において、最高のエンターテインメントでした。
オススメの1冊です!!


【あらすじ】
組織というものを甘く見ていたのかも知れない…。
抜群の営業成績を上げながら、スバル運輸の営業部次長・吉野公啓は左遷された。
ピラニアと陰口される仕事ぶりが、社内に敵を作っていたのだ。
だが、打ちのめされた吉野は、同じように挫折を味わっている男たちとともに、画期的な物流システムの実現に、自らの再生を賭ける。
ビジネスの現場を抉り、経済小説に新次元を拓いた傑作。


【ピックアップ】
1.一般に総合商社というところは、海外を舞台に大きな商売をするところに思われがちだが、それは間違いだ。
ラーメンからミサイルまでと言われるように、それこそ売れるものなら何でも扱うのが総合商社だ。
大半の営業マンがやっていることといえば、路地裏にある工場や商店を駆けずり回り、担当する商品を売りまくる。まさにドブ板商売を強いられる。
扱う商品の規模が大きくなって軌道に乗れば、販社を作り、責任者として天下る。
つまり、本社の看板を借りて事業を興し、自分の食い扶持を自らの手で稼ぎ出すことを強いられる。それが商社マンだ

2.こんな時代はそう長く続くもんじゃない。
いいか、これからの時代、コストの概念を持たない営業は成り立たない。
キーになるのはロジスティックス(兵站)だ。
この分野は、未だ手付かずに残された最後の未開地、いや工夫ひとつでとてつもない成果を目に見える形で手にすることができる大金鉱脈だ。

客のいう事を聞いてくるだけの営業マンなんてただの御用聞きだ。
シャツに汗してノルマ達成に汲々とするよりも、頭に汗をかけ。
脳みそにキリを刺して、血が噴き出るまで考えろ。
そっちの方が、何倍も価値がある。それが俺たちの仕事だ。

3.「もしもこちらのプロポーザルを蹴るのなら、この話はプロンプトに持っていく。そう言ったのさ」
恫喝。確かにその言葉は当たっているかもしれないと、吉野は思った。
ビジネスをモノにするためには、相手にとって魅力的な提案をすることは勿論大切だが、相手の痛いところを突くのもまた手段の一つだ。
この二つが融合したプロポーザルほど強力な威力を発揮するものはない。

4.「当たり前だ。オールオアナッシング覚悟の営業なんて、能無しのやることだ。たとえ100%の目的は達成されなくとも、何かしらの成果はひっ掴んでくる。それが営業だ」

5.規模の大小に関わらず、商売に楽なもんなんかありゃしねえ。
寝てて転がり込んでくるビジネスもなければ、額に汗することなくものにできるビジネスもな。
もがき苦しみ、血反吐を吐くような思いをした先にしか、成功はないんだ。

だがな、苦しみの果てに自分の描いた絵が現実のものとなった時に覚える快感、達成感。こいつは何物にも代え難い。
俺はあの瞬間を味わうための苦労なら、どんなことでもするさ。

6.セールスドライバーをやっていけるのも、目覚ましい実績を残せるのも、体力のある今のうちならではの話だろう。
いずれ仕事に体が追いつかなくなるときが必ず来る。
だがな、頭の使う労働というものは違う。歳や体力に関係はない。
発想力と実行能力が続く限り、仕事は無くならない。
プランが実現可能と判断されれば、金も人も自由に使うことができる。

7.立川よ。客も女も同じだ。最初からこっちの手の内を全て明かしたんじゃ、獲物は逃げる。
今回のプレゼンは寄せ餌だ。それに獲物が興味を示したら、次の餌をまく。満腹にならねえ程度にな。
そして本当に餌に食いついた時に、一気に釣り上げる。料理するのはそれからだ。

8.吉野は、そのとき初めて企業人として、いや人間としてこれまでの自分に何が欠けていたのかをはっきりと悟った。
夢を見させてやること。
そう、どんな人間にでも将来に希望を見出させてやること。それが必要だったのだ。
俺は今まで自分だけの夢を追い求めてきた。しかしもっと大切なことがある。
何かが吉野の中で変わりつつあった。その感触を噛み締めながら、吉野は電話に手を伸ばした。

9.「セールスドライバーの頃に比べれば、本社勤務になってお前の給料も下がっちまった。課長になってもその穴を埋めるまでにはならんだろう。だがな蓬莱、ここから先どんな待遇を勝ち取るかはお前の才覚と努力しだいだ」
「これからは頭に汗をかけ。脳味噌に錐を差し込んで、血が噴き出るまで考えろ。ビジネスにこれで充分という言葉はない。どうしたら今より一銭でも多くの利益を上げられるか。自分の夢を実現できるか。それを常に追い求めるのがお前の仕事だ」
厳しい言葉とは裏腹に、温かい目で蓬莱を見た。

10.「役員になれば、責任は重くなる。今までのようなヤンチャもでけんようにもなる。そやけどな、あんたが鍛える部下の体に宿る遺伝子は、また次の世代へと脈々と受け継がれて行くことになるんや。それはそれで吉野はん、おもろいことでっせ」
瞬間、蓬莱、藍子、そしてこのプロジェクトが本格的に進み始めてから別人のように変わった立川の顔が脳裏に浮かんだ。
曾根崎の言う通り、この僅かな間でもスバル運輸におちた種子は、芽を吹き確実に根を張り、立派な若木へと育ちつつある。

正直なところ、今の今まで自分が役員の席に名を連ねることなど考えたこともなかった。
何よりビジネスの最前線に身を置くことが、自分にとって最大の喜びであり、生き甲斐と考えていた。
しかし、曾根崎が言った、「部下を鍛え、自分の遺伝子を次の世代に伝える」という言葉が、吉野の胸中に深く突き刺さった。


【読書メモ】
p10
やられた・・・
これは一見昇格という形をとってはいるが、紛れもない左遷人事だ。俺は組織というものを甘く見ていたのかも知れない。
営業マンの評価は数字が全て。ノルマを達成し続けてさえいれはま、どんな手法を取ろうとも、たとえ社長であろうとも、手出しはできない。
だがそれは間違いだった。


p13
「一般に総合商社というところは、海外を舞台に大きな商売をするところに思われがちだが、それは間違いだ。ラーメンからミサイルまでと言われるように、それこそ売れるものなら何でも扱うのが総合商社だ。大半の営業マンがやっていることといえば、路地裏にある工場や商店を駆けずり回り、担当する商品を売りまくる。まさにドブ板商売を強いられる。扱う商品の規模が大きくなって軌道に乗れば、販社を作り、責任者として天下る。つまり、本社の看板を借りて事業を興し、自分の食い扶持を自らの手で稼ぎ出すことを強いられる。それが商社マンだ」


p16
「だがな、こんな時代はそう長く続くもんじゃない。いいか、これからの時代、コストの概念を持たない営業は成り立たない。キーになるのはロジスティックス(兵站)だ。この分野は、未だ手付かずに残された最後の未開地、いや工夫ひとつでとてつもない成果を目に見える形で手にすることができる大金鉱脈だと俺は思う」

「客のいう事を聞いてくるだけの営業マンなんてただの御用聞きだ。シャツに汗してノルマ達成に汲々とするよりも、頭に汗をかけ。脳みそにキリを刺して、血が噴き出るまで考えろ。そっちの方が、何倍も価値がある。それが俺たちの仕事だ」


p42
娘の佳奈子が言った言葉が脳裏にこびりついて離れない。
「ストックが切れかかったと分かった時にオーダーを入れれば、翌日には持ってきてくれる。そんなサービスがあれば、お婆ちゃんも雨の中を買い物に行くことはなかった」
たしかに、顧客の在庫状況をリアルタイムで把握できれば、こんな問題は起こらなかったはずだ。
「インベントリー・コントロールか」
ある男は、自販機の販売状況がPHSによってリアルタイムでオーダーエントリーシステムに反映されると言っていた。あのシステムが一般家庭は無理としても、業務用途に広く活用できれば、顧客は事実上、在庫状況をいちいちチェックする手間から解放される。必要とされる物品は、常にジャスト・イン・タイムと言っていいタイミングで補充され、品切れも起こさない。
これはどんな顧客にとっても、また実際にモノを届ける運送屋にとっても、大変なメリットとなるはずだ。

「頭に汗をかけ。脳みそに錐を刺して、血が噴き出るまで考えろ」
かつて総合商社に勤めていた当時の部長の言葉が思い出された。


p150
プロンプト成功の最大の理由。それは代理店という存在だ。
代理店の役割といえば、通常特定メーカーの商品を専門に扱い、オーダーを受注し販売することにある。
ところがプロンプトの場合は少しニュアンスが違って、代理店の最大の役割を、新規顧客の開発と代金回収に置いていた。
通販を行う上で最も大きな問題は、客の与信管理と代金決済だ。何しろ直接売り手と買い手が顔を合わせることなく取引を行うのだ。
身元のはっきりとした所にセールスをかけるのは自然の成り行きだ。
つまり、売り込みに行くことイコール取りっぱぐれのないところという構図が成り立ち、その時点でプロンプトは通販において最も厄介な与信管理を行わなくて済む。
もちろん集金や債権管理は代理店の責務である。


p152
「アサップ!毎度のことだ。お前、俺の下で働いて一体何ヶ月経つと思ってるんだ、いい加減にしろ!殴るぞ」


p156
予想された反応だった。
誰も考えつかなかった新形態のビジネスを持ち出すと、最初に返ってくるのはネガティブな言葉と相場は決まっている。

また、少なくともバディの当日配送は確たる戦略があって始められたわけではない。
後発の会社が同じ土俵で勝負を挑もうとすれば、先発の会社と同様、もしくはそれ以上のサービスを行わなければならないという思いに、どうしても捕らわれてしまうものだ。


p160
「はっきりと申し上げます。プロンプトが持っている圧倒的シェアを奪回するためには、同じサービスをしていてはダメです。追随する形でビジネスを展開していけば、その差は開くばかりです。
何よりも優先して考えなければならないのは、差別化です。当日配送が必要というのは、単なる思い込みにすぎません。
本気でプロンプトに追いつけ追い越せを目指すなら、御社は独自の戦略を以って立ち向かわないことには、勝機は永遠に訪れないでしょう」


p165
「もしもこちらのプロポーザルを蹴るのなら、この話はプロンプトに持っていく。そう言ったのさ」
恫喝。確かにその言葉は当たっているかもしれないと、吉野は思った。
ビジネスをモノにするためには、相手にとって魅力的な提案をすることは勿論大切だが、相手の痛いところを突くのもまた手段の一つだ。
この二つが融合したプロポーザルほど強力な威力を発揮するものはない。


p169
「なるほど、SIS(スバル情報システムズ)ですか。あそこなら、物流を熟知した人間がゴロゴロしている」
「バディが前向きな姿勢を示し、動き始めればしめたものだ。現状分析だけでも、今抱えているスタッフでは手に余る。外部の手助けなしには、何年かかってもやりおおせるものではない」
「部長がプロンプトを避け、バディに目をつけたのは、そうした狙いもあったんですね!」
「当たり前だ。オールオアナッシング覚悟の営業なんて、能無しのやることだ。たとえ100%の目的は達成されなくとも、何かしらの成果はひっ掴んでくる。それが営業だ」


p170
「立川よ。客も女も同じだ。最初からこっちの手の内を全て明かしたんじゃ、獲物は逃げる。今回のプレゼンは寄せ餌だ。それに獲物が興味を示したら、次の餌をまく。満腹にならねえ程度にな。そして本当に餌に食いついた時に、一気に釣り上げる。料理するのはそれからだ」


p172
「規模の大小に関わらず、商売に楽なもんなんかありゃしねえ。寝てて転がり込んでくるビジネスもなければ、額に汗することなくものにできるビジネスもな。もがき苦しみ、血反吐を吐くような思いをした先にしか、成功はないんだ。」
「だがな、苦しみの果てに自分の描いた絵が現実のものとなった時に覚える快感、達成感。こいつは何物にも代え難い。俺はあの瞬間を味わうための苦労なら、どんなことでもするさ」


p268
「人間ってのは不思議なもんでな。体を動かし、汗をかくような労働をすると、それだけで大した仕事をした気になっちまう。毎日やっていることは変わらねえが、充実感もある。何しろ一日一日の仕事に区切りがあるからな。今日の仕事を終えさえすればすべては終わりだ。明日のことを考える必要もない。風呂に入って汗を流し、飯をかっ喰らって寝ちまえばそれで終わりだ」

「セールスドライバーをやっていけるのも、目覚ましい実績を残せるのも、体力のある今のうちならではの話だろう。いずれ仕事に体が追いつかなくなるときが必ず来る。だがな、頭の使う労働というものは違う。歳や体力に関係はない。発想力と実行能力が続く限り、仕事は無くならない。プランが実現可能と判断されれば、金も人も自由に使うことができる」


p280
「なるほど。コピーカウンターに通信機能を持たせれば、紙やトナーといったOA機器の管理は事実上フリーになる。当日配送がなくなれば、配送コストは落ちる。それを武器に客の文具購入先を変更させる。さらに取扱い品目を家電製品や日用雑貨に広げ、一般顧客にビジネスを拡大する。その顧客開発、債権管理、そして配送を俺たち電器屋に任せようというわけだな」


p420
「プロジェクトが正式に認められた以上、お前には今までにも増してきつい労働を強いることになる。俺の要求は厳しいぞ。ついてこれるか?」
「はいっ!」
立川は正面から吉野の目を見詰めてきた。そこには先程まで吉野に怯えていた負け犬のような光はなかった。将来に希望を見出した男の姿があった。

吉野は、そのとき初めて企業人として、いや人間としてこれまでの自分に何が欠けていたのかをはっきりと悟った。
夢を見させてやること。
そう、どんな人間にでも将来に希望を見出させてやること。それが必要だったのだ。
俺は今まで自分だけの夢を追い求めてきた。しかしもっと大切なことがある。
何かが吉野の中で変わりつつあった。その感触を噛み締めながら、吉野は電話に手を伸ばした。


p437
「藤崎さん、私は空手形は切りません。こうしたお話を持ち掛けるからには、プランの実現性についてはとことん煮詰めた上でのことです。準備は全てできています。あとは御社のご決断を待つだけですよ」


p547
「お前はそれに相応しい実績を残したんだ。胸を張って辞令を受けろ」
吉野は一枚の紙を差し出すと、
「セールスドライバーの頃に比べれば、本社勤務になってお前の給料も下がっちまった。課長になってもその穴を埋めるまでにはならんだろう。だがな蓬莱、ここから先どんな待遇を勝ち取るかはお前の才覚と努力しだいだ」

「これからは頭に汗をかけ。脳味噌に錐を差し込んで、血が噴き出るまで考えろ。ビジネスにこれで充分という言葉はない。どうしたら今より一銭でも多くの利益を上げられるか。自分の夢を実現できるか。それを常に追い求めるのがお前の仕事だ」
厳しい言葉とは裏腹に、温かい目で蓬莱を見た。


p556
「あの時あんたが言わはった『このプロジェクトはスバル運輸のネットワークを使い、人々の生活をもっと豊かにすることだ』という言葉は本当やった。運送業ちゅうもんは、物を右から左に流して終わりやない。工夫次第で人様に喜んでいただけるサービスを創出できる無限の可能性を秘めたものやっちゅうことを、改めて思い知らされましたわ」

「そやけどな、吉野はん。大事なのはこれからでっせ」
曾根崎は穏やかな口調の中にも、厳しさの籠った声で言った。
「承知しております。総額九十億円もの巨額な投資を行うのです。それを回収し利益を上げるのは並々ならぬ事であると・・・」
「そんなことを言うてるんやない。今までのスバル運輸なら、競争相手は同業他社、どんだけ多くの荷物を集められるかが勝負やった。商売に勝つか負けるかも、全てはスバル運輸の社員一人ひとりの責任やった。」

「そやけどな、この商売は違うで。量販店に押されて苦境に立たされている家電店の人たちは、あんたのプランに賭けなはったんや。代理店となった家電店に充分な利益を上げさせ、満足してもらわなあかんちゅう義務がスバル運輸に生じたんや。そう考えれば、代理店さんもまたスバル運輸の立派なお客さんや。それを忘れたらあきまへんで」

お客様にどうしたら喜んで貰えるか。
今のスバル運輸があるのも、曾根崎がそれだけを考え日々の仕事に没頭した結果である。
その言葉は吉野の胸に重い余韻を残しながら染み渡った。


p559
「役員になれば、責任は重くなる。今までのようなヤンチャもでけんようにもなる。そやけどな、あんたが鍛える部下の体に宿る遺伝子は、また次の世代へと脈々と受け継がれて行くことになるんや。それはそれで吉野はん、おもろいことでっせ」
瞬間、蓬莱、藍子、そしてこのプロジェクトが本格的に進み始めてから別人のように変わった立川の顔が脳裏に浮かんだ。
曾根崎の言う通り、この僅かな間でもスバル運輸におちた種子は、芽を吹き確実に根を張り、立派な若木へと育ちつつある。

正直なところ、今の今まで自分が役員の席に名を連ねることなど考えたこともなかった。
何よりビジネスの最前線に身を置くことが、自分にとって最大の喜びであり、生き甲斐と考えていた。
しかし、曾根崎が言った、「部下を鍛え、自分の遺伝子を次の世代に伝える」という言葉が、吉野の胸中に深く突き刺さった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 名作(再読の価値がある本)
感想投稿日 : 2019年7月10日
読了日 : 2019年7月10日
本棚登録日 : 2019年7月10日

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